阿川 弘之著 新潮文庫
「春の城」が凄く面白かったので、続けて同じ方の本を読んでみました。
やはり戦争を扱った作品です。昭和18年に海軍に入隊したある青年の日記と、その周囲の人々を描いた小説で、これもまたとても良かったです。
京都の大学で「万葉集」を研究していたグループの1人である吉野次郎が留めた日記形式で物語は進んでいきます。軍隊というところでの生活、陸軍と海軍の違いと、また同じようなところ、そして戦局の変化に伴い、また軍隊生活に慣れていくにしたがって徐々に変わってくる精神的変化が、とても瑞々しく描かれています。
万葉集に心惹かれていた青年たちが、自分のこと、そして友人家族、また国に対する考えがうつろいで行く様が克明に記されていて、もちろんフィクショナルな小説なのですが、様々な描写や事実の積み重ねによって非常にリアルに感じさせられます。その辺の冷静さと低い視点はこの方の上手さだと思いますし、作家として重要なものであると思います。
同じゼミに出ていた4名の、それぞれの心の揺れ、そのうつろぎの振り幅の大きさや方向に違いはあっても、そのどれもが重く、そしてリアルです。人が日記という(あるいは手紙でも)文章にしたためるに至った現実の時間との差を、書くことで分かる客観性を伺えてまた良いです。様々な訓練の果てにある『特攻』という自死をもって完遂することの意味について深く考えることや、それから逃げること、そして別の手段を見つけるものまで違った結果をそれぞれが選択や強制をされていくのですが、その過程が細かく日常に混じって表されることで、説得力が高く素晴らしかったです。
『特攻』という非常に厳しい現実を受け入れる部分と、何とか逃れようとする部分の対比も、また鮮明でとても考えさせられました。当たり前ですが、行為とその結果との乖離が、私は個人的には重く、そして簡単に良かっただの、仕方なかっただの、意味が無かっただの、立派だの何だのとは言えないと思います。残念ながら『特攻』が行われたことによって日本が戦争に勝つことは無かったわけですし、『特攻』に全員が志願したわけではないと思います。しかし悲痛な覚悟を持って訓練をし、その自死の中に意味を見出そうとしていたのが、比較的合理的な海軍であったことは、また妙に意味深く感じられます。個人的にはなんとか他に方法が無かったのか?ということですが。もちろん今そういうことは簡単すぎるし何も分かってないのでしょうけれど。
およそ軍隊生活が最初から好きな方はいないと思いますが、しかし経験したことでその濃密な時間を過ごされ、良い意味でも悪い意味でも実経験をされた阿川さんの筆による悲痛な小説です。
戦争という極限状態の中でもさらに極限な状態『特攻』に関する話し、決してエモーショナルだけでなく感じられる物語になっていると私は思います。そういったエモーショナルだけでないものを受け入れられる方にオススメ致します。