日本最初の外交官の息子である詩人「堀口 大學」の20才の、メキシコでの生活を追った物語です。大學の生い立ちから始まり、その頃の世界、詩というものに対する身の置き方を説明するのに、与謝野 鉄幹に晶子、佐藤春夫、などが出てきて面白いですし、上手く物語りに入って行けます。この時代の、そしてその少し前、幕末から明治維新、そして日清、日露戦争という激動の時代をまさに同時代を生きた人の皮膚感覚で語り、分からせてくれます。大學の祖父は戊辰戦争で死亡しておりますし、父は外交官として朝鮮での閔妃暗殺時の領次官補、そういった歴史上の人物が様々出てきてそれぞれの立場を語ります。そんな歴史考察(皮膚感覚の!)とメキシコでの生活と大學のロマンスと、そして外交とはどういったものなのか?政治とはなんなのか?というものにまで目を向けさせてくれる作品です。
堀口 大學の青春を追った、ロマンスものとしても読めますし、もちろんその流れも素晴らしく、確かに本筋です。が、さすがに「あ・じゃ・ぱん」を書き上げた作家、そんなに単純なものではないという事を、私は感じました。あるいはもっと深い解釈があるのかもしれません。青春ものとしても、メキシコものとしても、楽しめ、しかも歴史的な俯瞰も楽しめる作品、素晴らしかったです。
私は最初に違和感を持ってはいたものの、そんなことを忘れてしまうくらい物語に取り込まれました。それほど上手く語られている文体ですし、またテンポがよく、心地よく進んでいきます。そして少しは興味ある方なら、知った名前が出てくることで、いろいろフックが仕掛けてあって、気が付くと夢中で読んでしまっています。で、読み終わるまでずっと続きが気になり、しかもその過程でロマンスだけでない、歴史と、外交と、正義だけでは通用しない国際社会のルール、というようなものを、その当時の「空気」や「皮膚感覚」を感じながら理解できる構成になっています。
メキシコの革命について、あるいは朝鮮半島への閔妃暗殺事件、もっと言えば慶長遣欧使節団(少し前ですが読んだ遠藤 周作著「侍」の原型になった使節団)の末裔と、明治維新を様々な人々から見たもの、榎本 武揚のメキシコ移民団、そして日清日露の戦争・・・激動とは言われつつも、その時代に実際に生きていた人にとっての、それぞれの立場に置かれたところから見せるそれぞれの納得の仕方、そしてわだかまりを抱えた個人の想い、それを飲み込んでの生活、その中から湧き上がってくるものを、青年堀口大學が味わっていく話しだと思いました。つまり、歴史的な出来事(読み手の、現代からすると)を、もう一度生き直すかのような理解が出来る構成になっています。
たとえば大きな歴史的出来事に直接関わった人々の視点で描かれた読み物はたくさんありますが(と言いながらも私は詳しくないですけれど)、直接ではなく、間接的にその出来事を経験した人物から、聴き、感じ取り、あるいは言えない断絶を表現することで、より鮮明に理解(完全な理解ではなく、ワカラナイ不明な、言葉に出来ないものを理解する)出来ます。そして、何処かしら、悲劇週間のメキシコの混乱状態と、マデロ大統領という稀代の人物と、その人柄や考えがこと「外交」に及んだ際にどうなっていくのか?の顛末が、今の日本の状況に非常に似ている部分を感じさせます。私は物語としても、もちろん面白かったのですが、現実の事件と、現実の人物を使っての歴史の新たな視点からの見直しとして、とても感銘しました。
どんな芸術でもそうですが、テーマを直接語りかけるとチープになりますし、大抵浅く聞こえます。その点、矢作さんの作りこみ方(選ぶ時代も、人物も、繋がりも、そして想像なんですがキャラクターまで)は完全に世界に入ることが出来、時間が経つのを忘れます。
メキシコ、というとあまり今の日本からすると強い繋がりを感じさせませんが、そんなことはない、南米の国に興味のある方、世界情勢と日本が気になる方、そしてもちろん青年堀口 大學が気になる方に、オススメ致します。