黒澤 明監督 東宝
とある宿場町に流れ着いた侍(三船 敏郎)はその宿場が非常に荒廃している原因を、めし屋のオヤジから聞かされます。そこでは跡目争いから拗れた2つの勢力が争っており、頼りになるはずの儲かるのは棺桶屋だけ、という殺伐とした町でした。その過程をきいた侍・桑畑三十郎(偽名と思われる)は一計を案じ、抗争を続ける清兵衛派と丑寅派の間に立ち回って自分の値段を上げさせようとします。その侍にも他の思惑が潜んでいるかのようで・・・というのが冒頭です。
「七人の侍」が時代考証に忠実なエンターテイメント群像劇作品であるなら、対照的にこの「用心棒」では侍・桑畑のキャラクターに全ての発端を見ることのできるヒーロー劇エンターテイメント作品だと思いました。もちろん硬く苦しくなく、肩の力を抜いた娯楽作品であるのは間違いないのですが、この侍・桑畑のキャラクターの骨格が固まったところで映画の成功は決まっていたと私は思います。「七人の侍」の久蔵が侍における究極の理想像だとすれば(どうやら宮本武蔵をモデルにしたかのような人物のようです、宮本武蔵にも様々な捕らえ方があって私は微妙な感じがしますし、久蔵は理想形であって現実的ではない、と考えますが)、この侍・桑畑はまさに日本の(と言って良いと思います)庶民の望むヒーローです。そして超人的ヒーローではなく、生身の人間がなりうることの出来るヒーロー像なのです。
腕っ節が強く、無愛想でありながらも弱きを助け、そして人情に篤い。超人的ではないからやられることもあり、訓練さえ積まなければいけないこともあり、そして何よりカッコイイ!オジサンで日本人で、カッコイイなんてこの平成に入って誰か思いつきますでしょうか?で、三船さんがもうはまってます。冒頭の歩き方、肩のゆすり方、素晴らしい。この肩のゆすらせ方と、ラストがまたイイんです!もちろん今回もその脇を固める役者さんも上手く、そして迫力あります。清兵衛の妻なんか上手すぎますし、めし屋のオヤジがまた妙に土着臭が似合っていて上手い。有名な役者さんなのかも知れません。また、これは恐らく「七人の侍」にも出てきた最初に百姓の中から戦うと言い出した人が、「用心棒」では少ししか出てこないものの、非常に印象的な役で出ていて、また凄く役に合っていると思いました。さらに敵役の丑寅の弟のダメっぷり溢れる愛嬌ある役も、シリアスになりきらないこの映画に程よい笑いを入れてくれます、とにかく見た目でもうかなり可笑しい。そして真打ちが丑寅の末の弟です。この役はかなり美味しい役だと思うのですが、それをな、なんと若かりし日の仲代達矢さんがやられています!最初は分からなかったですが、小生意気で頭の回る小悪党、という役回りを充分に演じきってくれています。私は時代劇(というか邦画全般をあまり見ていない・・・)をあまり見ていないのですが、時代劇に拳銃が出てきたところを初めて見ました。で、その飛び道具具合がまた、この役に合っていて素晴らしいと思いました。悪党の中で頭が切れるのが拳銃を持ってるなんて凄いアイデアだと思います。
ある種のダンディズムさえ漂わせるこの侍・桑畑は三船さんに非常に合っていると思いました。私はキャラクターは違えど、三船さんで見たことのある映画は何しろ「レッド・サン」だけなので、その印象が強かったのですが、確かにこの役も当たりだと思います。
ヒーローものが好きな方にオススメ致します!
吉野 朔実著 本の雑誌社
私の好きな漫画家さんの1人である吉野さんの本にまつわる(「本の雑誌」で連載!)漫画エッセイです。そして毎回思うのですが、取り上げる題材に個人的に親和性が高く、興味を持ちつつ深く調べたことの無いものが入っていて毎回楽しみにしています。いつも忘れたころに出版されるので書店で驚かされることが多い、そんな本です。そして今回はその驚きにさらに大きな驚き付け加えられていました!
リブロ吉祥寺店で吉野 朔実さんと穂村 弘さんのトークショー!しかもサイン会も!!これは本当にびっくりしました。吉祥寺には数ある本屋さんの中で1番愛着のあるのが、パルコブックセンターなので(この名称はその当時のものですが、私にとってはいつまでたってもリブロ吉祥寺店ではなく、パルコブックセンターです)、ここに通っていて良かったです!しかも対談相手が穂村さん、この方のエッセイ(本業は歌人ですが)がまた凄い。「世界音痴」や「現実入門」は本当に笑いました。ただ、どこまで本気であるかはまた別物ですし、吉野さんのご友人としてよく名前が出てきますし(他にも精神科医の春日 武彦先生も出てきますし、ロンドン在住の京都人、入江 敦彦らしき方も出てきますし、もちろん穂村さんも著作が出てきます)、楽しみに向かいました。
吉野さんはすらっとした非常に知的に見える方で、穂村はとてもがっちりした体型の方、そんなお2人のトークなんですが、心地よい感じで、しかもなめらかじゃない(笑)良い意味で、です、もちろん。ぎこちなさが好感持てる感じのトークショーでした。いわゆる本にまつわる話し、そして吉野さんの周りの本が好きな方々のお話しでした。思い切って見に行ってよかったです。
この漫画エッセイも、今回で6冊目、この本の装丁が凄く綺麗で素敵な本です。内容もいつもと同じく、やはり面白くて一気に読めます。
読書が趣味な方にオススメ致します。
福岡 伸一著 文藝春秋
いつもの福岡さんの、科学的合理的思考と、文学的情緒的文体の絶妙のブレンド感がたまらないエッセイ集で、週刊文春の連載をまとめたものです。短くてキリのある時事問題を扱った福岡センセイのエッセイ、いつもながら気楽に読めました。
もちろん福岡ハカセのいつもの持論が展開されていますし(動的平衡、狂牛病、脳死と脳始問題、etc・・・)、そこはやはりいくつかの著作を読んでいると、より面白く読めますし、少し簡単すぎる、と感じることがあるかもしれません。また、何故福岡ハカセがこんな文才を持つに至ったのか?という一端を知ることが出来たように思います。絵本「海のおばけオーリー」や「はらぺこあおむし」、さらに「コレクター(ジョン・ファウルズ著)」、「芽むしり仔撃ち」、「ノルウェイの森」などその読書遍歴が少し明かされています、なるほど、という感じがしました。
恐らく何冊か福岡ハカセの著書を読んでいるからなのか、少し軽い印象を受けましたが、良く考えると週刊誌での連載、だからこその時事ネタを含む限られた制限の中でのこのクオリティーは満足できる内容だと思います。
中でも私が面白いと思ったのは、いわゆるコラーゲンとぷりぷりになるというイメージを論理だてて説得しているいわば当たり前の真実「コラーゲンの正体」、何かに見えるその実態はいかに見たいと望むものしか見えないという「空目」、何度も繰り返されてしまう騙されたい欲の存在(ホントに強く同意したい!!!)を炙り出す「健全なる猜疑心を!」です。
そして、他の著作(もちろん全てを読んだわけではないのですが)と違うのは、センス・オブ・ワンダーについて自身の経験を吐露してくれているところです。不思議がれる何かに触れた瞬間の時間の流れが変わってしまったかのような濃密な経験についての部分が、とても面白かったです。
もうひとつ付け加えるなら、川上 未映子さんの歯小説「わたくし率 イン 歯ー、または世界」読んでみようかと思いました。歯繋がり、としても。歯医者に言及されているところも、正直ごもっともな意見でした。みんな自分の「説」に引き込もうとしてます、確かに。そしてそれが信用を得る道であると信じきっているところあります、もちろん私にも。しかし、それだけでない、聴く耳を持つことも重要であるという自覚を無くさなければ(思考停止になってしまいますし)良いのではないか?と考えています。あまりに個々のケースに違いがありますし、全てを学ばないと治療が出来ないわけでもないのですから。ただ、難しい問題を孕んでいますし、これからもずっと考え続けることしかないと思っています。
福岡ハカセの著作を読まれた方にオススメ致します。
ジェイソン・ライトマン監督 ドリームワークス
リストラを社員に宣告するのを肩代わりする、という企業に勤めるライアンは1年のうち300日以上を出張に費やします。そして様々な場所で人に解雇を告げる仕事をし、時々は講演も行います。その講演の内容は「人生の荷物は軽い方が良い」です。ですから何事につけてもクール、そしてマイレージに換算できる物事にだけ、こだわりを見せるいわゆる独身貴族です。そんなライアンが似たような価値観を持つ女性アレックスと知り合い、仕事では正反対の意見の持ち主で大学を出たばかりの理論だけを振りかざす小娘ナタリーと同行の出張をする羽目になり・・・というのが冒頭です。
全米各地を転々とするライアンのスーツケースの纏め方ひとつ写すだけで、いかに洗練された旅行者なのかが良く分かるなかなか素敵な描写なのですが、映像的にもとても綺麗ですし、空から写した都市を見せるやり方もかなり心掴まれました。そういったセンスは上手いですし、ジョージ・クルーにーはさすがの演技を見せてくれます。この人の演技は好き嫌いはあるでしょうけれど、やはり最初に見た「ER(緊急救命室)」のダグラスは印象的でしたし、「オー・ブラザー」と「バーン・アフター・リーディング」のコーエン監督作の演技(両極端なキャラクターでしたが、どちらも良かった!)も良かったですが、今回は洩れ伝わってくるご本人の私生活にかなり近いキャラクターのように感じましたし、表情の演技力が非常に重要な構成になっていると私は思うのでキャスティングとしてはベスト!と思いました。また、小娘役(笑)と言いますか、理論派で小生意気でなお愛らしいキャラクターのナタリー役のアナ・ケンドリックは非常に上手いと思いました。何でもかんでも早口で喋りまくし立てるその口調は印象的であり、なお難しい演技が求められると思いますし、かなり2面性あるキャラクターを演じきっていたと感じました。とある事件後のナタリーの、ただ歩く後姿は結構印象的ですし、その足取りを重苦しくさせ過ぎない部分の演出も、個人的には好感触です。
出張を経験している方に、家族がいる人、いない人に、オススメ致します。
アテンション・プリーズ!ここからネタバレあり、です。
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
結局最後をどう捉える?なんですが。
私は最後の行き先を示す掲示板の前で佇んでいたライアンの表情に、今まで信じていたものが感情的に自発的に崩れ、しかし以前の『身軽こそすべて』に戻ったのではなく、諦観でもなく、優しさを内に秘め、限界や己を受け入れた後の覚悟の強さを滲ませつつ優しさがベースに感じられる表情、かなり難しい演技だと思います。それに相まってトランク(私は仕事の相棒、と認識しました)から手を離すシーン、ちょっと仕事に、空に戻ったとは捉えにくいのではないか?と感じました。これだけの変化を経た後であっても、昔あれだけ入れ込んだ「空」という世界の美しさは変わらない、と言う風に感じました。
小林 信彦著 新潮文庫
友人からお借りした本、小林 信彦さんだったのと、結構好きな伊東 四朗さんに言及しているというので読みました。
植木 等さん、という喜劇人についての章は、とても細かく、もちろん著者もその周囲の人であったにも関わらず、非常にフラットな目でクールに書かれていて、さすが、という感じを受けました。伝記モノ(この本が出版された当時は生前であったのでしょうけれど)はおそらくその人物に対して非常に強い思い入れがあるからこそのものなのでしょうけれど、それであってこれだけフェアに書かれているのにはかなり驚きを感じます。それでいて自身の影が消えているわけでもなく、ちょっと他では(私の感覚と読書経験で言うと、ですけど)見たことの無いような距離のとり方と公平性です。
もちろん、思い入れの強い人からすると、もっといろいろあるのでしょうけれど、喜劇人「植木 等」のかなり底まで肉薄しつつ、愛情と尊敬を感じさせる周辺記、素晴らしかったです。こういう書き手で笑いに理解ある言葉と文脈と文章で残せる方はかなり珍しいのではないでしょうか。特に笑いについては、残念ですが個人的好みから、今のテレビを見ると、どんどん離れていくのでそこも実はこういった評価をする人が圧倒的に少なくなったからなのではないか?と思います。オーバーアクションと何かをアゲツラウ、貶める笑いもダメではないですけど、ちょっと多すぎると思いますし。奇特なものを笑うのもそればかりでは食傷ですし、正直あまり心地よくは無いです。
もう1人の藤山さんについては全く知識が無いのでドンナ人なのかも知らなかったのですが、かなり苦しくも厳しくキツイ生き方をされた方なんだろう、と納得させられました。
そして文庫版での追補として伊東 四朗さん!ココが読みたくて借りたのですが、やはり伊東さんは私の中ではかなり好みの方ですし、小松政夫さんとの掛け合いなんか最高でしたし、私はベンジャミン伊東からの伊東さんしか知らなかったので、この展開が以前の伊東さんを知る方からは驚愕と、小林さんからは絶賛されたのだと知ったのが意外でした。でも伊東さんのはっちゃけ具合と、そこはかとなく漂う雰囲気のギャップ(私にはどこかしら狂気ではない、醒めた、しかし諦観ですらない何かを感じます、にんっ、とか)と、どうしても完全に周囲に溶け込めない何かを抱えているように見えます。
喜劇人の時代の流れと、小林 信彦というフラットな目を持ち、関係を続けていける稀有な観察者の日記のような、それでいて愛溢れる伝記ものに興味のある方にオススメ致します。