マーク・ロマネク監督 20世紀フォックス
原作が気に入っていますと、どうしても映画化でがっかりさせられることが多いですし、当然、監督さんが映画化するにあたり何を重要視したのか?というところが1番気になるわけです。何故なら読書をするということは、脳内で既に私好みの映画化が行われた後であるから、です。キャストだろうとセットだろうと思いのままですし。ただ、この「私を離さないで」は特殊な読書体験だったので、映画化もかなり気になってました。
オススメです!
今回は思いっきり、ネタバレです、というか、この映画も原作も、個人的には予備知識ゼロで臨むのが1番楽しめること間違いなしなんです。
ですから、ここからは、原作を読み、映画を観た、という方に読んで頂きたいですし、それ以外の方はどうかご遠慮いただきたいです。そして何より私のいつも以上に勝手な個人的感想です、ということをお断りしておきます。
読書が好きならおよそ大体の方に読んで失敗、とは思わせない本です、基本的にオススメの本ですし、その後に映画を観られるのが良いと思います。
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いろんな見方があって当然ですし、生死の問題や、あるいは愛の問題も扱っていますし、より大きなテーマとして医療や倫理を、もしくは犠牲や教育という刷り込み、思想支配という重たいテーマをも含んではいます。どの問題にも明確な答えを出すのではなく、またおよそ抵抗らしいことも行わず、全体的なトーンとして抑えられたことで、より深く心に刻まれることであるのはよく理解出来ます。そして、大きなテーマの話しも、確かに面白いですし、キャシーの話しとして感情移入するの困難ではないけれど、出来なくもありません。
私がこの本をとても気に入ったのは、今挙げたどのテーマでもなく、何も知らない読者が本当にゆっくり、じわじわと、何かを理解していく、という手法が面白かったことと、そして子供時代の何かを思い出すという部分が秀逸である、ということです。
子供時代をキャシーが振り返る、という時の、その記憶が時に匂いまで再現されるかのような、そんな描写の上手さが、そしてその記憶の意味を後から持たせるかのような(つまり記憶は事実ではないかもしれないという部分があってなお、必要とされるモノであるということ)ものも理解させつつ、同時に読み手である私の少年期の体験を彷彿させるヒロガリがある、ということが素晴らしいと思ったのです。
この物語を読んでいる間、個人的に意識にのぼったことが無かった忘れてしまっていた過去の出来事を、その匂いを、日差しを、音を、感覚を伴って思い出すことが何回も起こった、ということが、特に素晴らしいと思ったのです。私の過去を揺さぶった本である、という点で、個人的に素晴らしい、と感じたのです。
ヘールシャム、というキャシーたちが暮らした学園は、確かに欺瞞に満ちたタテマエをホンネと見做す世界でしたけれど、しかしそれは提供者としてと言うよりも、恐らくどんな世界の子供であっても多かれ少なかれタテマエをホンネと見做す世界であったでしょうし、キャシーたちはかなり本気にその世界を信じていた、ということで、後にその記憶が違った意味を持ってくることの落差もという点も、たくさんの記憶を思い出す事で、意味を持たせ、ある意味縋り、もしくは感情の拠り所となったり、また今になって気がつかせたり、という様々なことが起こります。そんな文章を読んでいることで、どうしてか不思議に私にとってのつまらないささやかな出来事を、今まで全く思い出しもしなかったことを思い出す(もちろん記憶が捏造されている可能性もありますし、それを証明することなどできませんし、また記憶とはそういうものだ、ということも出来ますが、それを理解したうえでさえ)ということ行為そのものが、ノスタルジーであったとしても、また誰とも共有することの出来ない記憶であったとしても、凄い体験だった、と思えたのです。
映画化は、非常に込み入った話しですので、この短い時間に良く纏めたな、と。ですから、最初に提供者というネタバレを入れてしまうのは仕方が無いと感じました。つまり監督はそこには映画化のポイントは置いていないわけですし、その代わりにもっと人間関係と提供者という運命やキャシーやトミーやルースの話しにしたかった、ということだと思いますし、成功していると思います。それに個人的に譲れないヘールシャムの情景はかなり私の想像するヘールシャムに近かったです。
そして子役がいい。キャシーもトミーも良かったけれど、特にルース役の子供は良かった。聡明で何処か乾いた感じがします。キャシーが隠れて「Never Let Me Go」を聞きながらクッションを抱きしめているのを覗いてしまった時の(このシーンこそ全ての始まりであった気がしますが)表情、良かったです。このシーンに説得力あったのが個人的にはツボでした。
そして何より大人になった時のルースも説得力ありました。提供後の演技は少し違和感がありましたけれど、町にオリジナルを探しに行く時も、そしてキャシーを詰る場面の悲壮感溢れる演技も良かった。観たことが無い女優さんでしたが、結構好きかも。まるでルースの物語とも言えるような気がしました。
だからこそ、気になったのが大人になったトミー。もっと無骨なイメージがあるからこそ、想像上の動物を描くことの説得力が出るのではないか?と思ってしまいました。外見的にセクシー過ぎるし、何か足りない感じが否めませんでした。ただ、結末を原作通りにやろうと、キャシーの物語に落とし込もうとするのであるならば、それもやむなしなのかも知れません。
ヘールシャムもそうでしたが、丘にあがった船のシーンの映像は素晴らしかった。ちょっと不思議な感覚になるシーンで印象に残りましたし、だからこそ、そこでのルースの告白も良かった。
映画の最後はかなり原作に近いとは思いますが、キャシーにだけ感情移入させすぎているような(作り手の)作為を感じてしまい、そこはもっと抑えて欲しかったです、あくまで個人的な感想ですけれど。キャシーの告白で始まり、時間軸がキャシーの現在に戻り、そして3人の新たな出会いがあって、そして物語が進むのですが、そこまでほとんどキャシーの感情が消されているというか、まるで他人事かのような、キャシーが最後の最後に涙を流すからこそのカタルシスがあると思うのですが、映画では比較的表情が映される為にキャシーの自分を突き放した感が薄くなってしまったが為の抑えがなかったからかも知れません。あるいは私の勝手な想像で、キャシーを抑えてしまっていたのかも。読書だとそういった受け手の想像の幅が、自由度がありますね。
そして、この映画の為に作られた曲なのか、元々あった曲なのかは分かりませんが、「Never Let Me Go」が良い曲でした。