ポール・ヴァンホーベン監督 ハピネット
友人にオススメしてもらったので見ました。この監督さんで見ているのは「トータル・リコール」、「ロボコップ」、「インビジブル」ですが、よく考えるとどれも濃い作品ですけれど、この「ブラックブック」はこれまで以上にに濃い作品でした。
第2次大戦後のイスラエルを旅行していた女性が、偶然学校の教師をしているエリスを見つけます。エリスは久しぶりに出合った彼女を思い出し、戦争中の出来事を1人思い出して行きます・・・
オランダがドイツに占領されていた頃、隠れ家に住むエリスは厳しい生活を送っていました、まるでアンネ・フランクのような。しかしその隠れ家が空爆(!)されて突然帰る家を無くしたエリス。偶然居合わせたヨット乗りの彼を頼り、その人の離れで暮らすものの、すぐにレジスタンスから忠告を受け、もっと安全な南に逃げるよう指示されます。そこでヨットの彼と一緒に危機を知らせてくれたレジスタンスを頼りに、南へ逃れる一行に加えて貰うと、そこにはエリスの離れ離れに隠遁生活を余儀なくされていた両親と弟がいます。久しぶりの再会を喜んだのもつかの間、河を船で逃走していると、突然ナチスの哨戒船が現れ、ヨットの彼を含む家族全員が殺され、エリス自身も負傷しますが、彼女だけが一命をとりとめます。ナチスはその船に乗っていた人々から現金、宝石、金塊等金目のもの全てを奪うと死体を捨てていきます、その一部始終を目撃したエリスも、そこで意識を失い、河に流され・・・というのが冒頭なんですが、既にもうお気づきだと思いますが、展開が早くて過激です。
この冒頭はまだまだ序の口でして、この後どんでん返しの連続、また価値観を様々にひっくり返す出来事を起こし、何を信じればよいのか分からなくなる一筋縄ではいかない展開が待っています。
また、描写もかなりキツイものを用意していますし、監督のこの1作に賭ける意気込みはとてつもなく大きなものがあります。この監督は善悪の価値観を危うくさせる、というスタイルを持つというアナウンスが一般的ですが、個人的には人間の『業の深さ』を描いている気がしました。
正義というものは一つではない、というごく当たり前のことを再認識してみたい方、清濁併せ持つ人という存在の意味が気になる方、とにかく濃い映画が好きな方、そしてゴールディン・ホーン主演作「プライベート・ベンジャミン」が好きな方にオススメ致します。
アテンション・プリーズ!
少しだけネタバレあります。未見の方は御遠慮くださいませ。
常識的にはナチスは「悪」でもあるんですが、ナチスにはナチスの「正義」があり、しかも、レジスタンスにもレジスタンスの「悪」があったりします。もちろん指導者やリーダーや上官の私情によって行動に制限があったり、理不尽な選択があったりします。そういう意味に於いては恐らく「ナチス」も「レジスタンス」も同じなのではないか?という意図だと私は判断しました。
最も怖いと私が感じたのは、ナチスが敗れ、レジスタンスが世間の「正義」になった時のナチス協力者への突き抜けた揺れ戻しの暴力であり、ナチスとはまた異質ではありますが、ある意味に於いてそれ以上ともいえる行為を、喜ばしげに行う部分です。非常に恐ろしかったですし、もし自分の身に起った出来事だと想像すると(加害者であっても、被害者であっても)思慮深く判断できずにその場の『空気』に支配されそうで、より恐ろしいです。
心に残るセリフはエリスがムンツェと戦争の終結を聞いたときに小船のうえでつぶやく、「自由になるのを怖く感じるなんて」です。なかなか凄い言い回しだと思います。