井の頭歯科

「第7階層からの眺め」を読みました

2012年1月31日 (火) 09:09

ケヴィン・ブロックマイヤー著   金子 ゆき子訳     武田ランダムハウスジャパン

雑誌の書評コーナーで書評家豊崎さんがオススメしていた流れで読みました。ジェイムズ・ティプトリー著「愛はさだめ、さだめは死」(の感想はこちら)くらいの衝撃を受けました。それくらい幅広いジャンルを扱い、尚且つ斬新で、スタイリッシュ、その上同じ著者とは思えない文体だと(訳者のチカラも大きいとはいえ)思います。

中でも気に入ったのが、描写の絵画的ヒロガリが絶品の「千羽のインコのざわめきで終わる物語」、田舎での暮らしを扱いながらもそこに〈実在〉を噛ませる事で得られる不思議な感覚の文学作品と呼べる表題作「第7階層からの眺め」(個人的にはベストな作品)、まるでこれはカーヴァーじゃないか?というモチーフを瑞々しく独自のタッチで描く「思想家たちの人生」、良い意味での村上春樹のTVピープル的な「壁に貼られたガラスの魚の写真にまつわる物語」、まるで『ねじの回転』のような「ジョン・メルビー神父とエイミー・エリザベスの幽霊」、アドベンチャーゲームブックをこんな物語にするなんて!の「〈アドベンチャーゲームブック〉ルーブ・ゴールドバーグ・マシンである人間の魂」、かなり古典的なモチーフをスタートレックの世界で描く「トリブルを連れた奥さん」、アメリカンな面白さを描きそこにテレビという世界の裏を垣間見させてちょっとした文学的スパイスをまぶした「ホームビデオ」、ソシテ全く毛色の違うイスラムの家族と写真をめぐる物語「空中は小さな穴がいっぱい」、現代に蘇った寓話的な物語「ポケットからあふれてくる白い紙切れの物語」です。

カート・ヴォネガット風でもあり、グレアム・グリーン的なところも感じられ、というような作家で、これだけ幅広いものを扱うのがびっくりです。
短編作家が気になる方にオススメ致します。

「高慢と偏見」を読みました

2012年1月26日 (木) 13:09

ジェイン・オースティン著      小尾 芙佐訳      光文社古典新訳文庫

患者さんからオススメ頂いた本です。新潮文庫と岩波文庫に河出文庫やちくま文庫からも出ていますし、中でも名訳とされている新潮文庫の中野 好夫訳も出だしを読んだのですが、どうもしっくりしなかったので、最も新しい小尾さんの訳で読みました。英国古典の傑作、と言われていますし、大絶賛されている作品です。簡単に面白かった、素晴らしいとは表現出来ない、様々な感情がありました。しかし、それは物語としての、ストーリィとして評価であって、人物描写や技巧的なその伏線の貼り方、回収の仕方は素晴らしいと思いました。古典的な作品のひとつなんでしょうけれど、私には今(40代)読んで良かったような気がします。もし20代なら読みきれなかったかも。

非常に有名な書き出しである(そういう意味において、トルストイの名作「アンナ・カレーニナ」やユゴーの「レ・ミゼラブル」と同じくらい素晴らしい出だしだと思います!)「独身の青年で莫大な財産があるといえば、これはもうぜひとも妻が必要だというのが、おしなべて世間の認める真実である。」というくだりから始まる、18世紀のイギリスを舞台にした、田舎町ロングボーンに住む中流階級の一家とその近くに引っ越してきた独身貴族たちとの、閉じられた世界のメロドラマです。

ベネット家の次女である20歳のエリザベスは非常に思慮深く聡明であり、その父親であるミスタ・ベネット(ドライな感情の持ち主であり、極めてウィットなユーモアある人物)との結びつきが強くて、美貌にも恵まれていますが愛嬌はあまりありません。長女であるジェーンは有名な美人で奥ゆかしい好人物で2人は仲がたいへん良いのですが、しかしこのベネット一家にはジェーンを筆頭に5人の子供全てが女性であって、当主であるミスタ・ベネットが没すると、その財産すべてがミスタ・ベネットの甥でいまだ会ったことが無い独身のウィリアム・コリンズに引き継がれます。そして、そのことが一家に暗い影を落としている中、そんなベネット一家の近所に引っ越してきたのが、青年資産家で鷹揚なミスタ・ビングリーであり、またその友人で気難し屋のミスタ・ダーシーです。ジェーンやエリザベスの母であるミセス・ベネットはなんとかして娘たちと青年資産家を引き合わせたいと願うのですが・・・というのが冒頭のシーンです。

端的な感想としては、中流だろうが、上級だろうが階級社会というのは非常に生活するのに大変な世界だなぁ、です。で、恋愛小説として、結婚小説として、瑞々しく描かれています。また技巧的に素晴らしい小説だと感じました。ロマンス溢れる王道の女性の為の小説であり、しかし男性にも示唆に富む小説だと感じます。読み継がれるべき名作であり、新訳が出されるのも充分頷けました。

個人的にはミスタ・ベネット(主人公エリザベスの父)が非常に興味惹かれる人物であり、物語に重みを与える素晴らしいキャラクターであって面白いです。こういう人物が描け、扱えることはジェーン・オースティンの凄いところだと思いますし、実際出版されたのが36歳の時の作品ですし、そのこと一つ取ってみても稀有な作家であったと思います。そしてなんと言いますか、世界の動きや時代背景をあまり感じさせない普遍性があり、そのこと以上にリアルな『人間の生活』に焦点を当ててある意味扇情的に扱っていることも普遍性を感じさせます。

古典的で、しかも王道の小説に興味のある方、あるいは女性である全ての方々にオススメ致します。

アテンション・プリーズ!

ここからネタバレありの感想です。古典の名作とはいえ、ストーリィを、結末を知ってしまうことは物語の初回性を著しく損なうと考えますので、もう読まれた方は構いませんが、未読の方はご遠慮くださいませ。

とても面白いのですが、ゴールという結末が『結婚』である以上、ダーシーは魅力的であれば問題ないのです。その魅力の中身の大半は、青年資産家であること、そしてミステリアスであること、またダーシーの方からのアプローチがあること、です。しかし、このことがダーシーを結婚するということで魅力的に見えても、人物として魅力的に写るわけではない、ということです。

この物語ですと、ダーシーがエリザベスを選んだ理由(特に最初のプロポーズまで)は基本的には、綺麗だったから、が大きく感じます。ダーシーがエリザベスをこれほど(非常に強く、エリザベスを求めているわけです、かなりの手間隙をかけ、リディアに対してかなりの金額【そうはいいながらも、ダーシー自身が努力によって稼ぎ出したものではない】を使い、しかし自身の介入を隠蔽するという『手間』までかける)強くエリザベスを惹きつけるのに『外見』が大きいということは、ちょっと不安定です。確かに聡明なエリザベスですが、ダーシーとの接触のある時間においてはそれほどその言動に聡明さや、ダーシーとエリザベスだけの行動ややりとりがあまり無かったように感じます。エリザベスの方からの感情が好意に変わってゆく過程は非常にドラマチックに、そして説得力あるのに対して、ダーシーは一貫性ある好意であり、その源が『外見』であるのがどうも不安定な感じになるのではないか?と感じました。

ダーシーとのコミュニケーションを重ねることでの誤解や自身の偏見が解かれてゆく部分は、これまでの伏線が回収されていく部分であり、盛り上がります。しかし、ダーシーの、エリザベスとのコミュニケーションへ至るまでの長さに、リアルを感じられないわけです。が、やはりこの小説こそ、女子のための女子の小説だからなんでしょうね。このリアルでない感じがまさにダーシーのミステリアスさと、選ばれているエリザベス、という構図になるわけでしょうね。

結婚が生活の手段であった時代に、女性であることの難しさを非常に克明に描いていると感じました。そして、だからこそ、私は今現在の日本で生活できる幸せを感じます。

『外見』から選ばれしエリザベスがその器量を減じるころ、日常になったダーシーとの「生活(というある意味退屈な面を)」がもたらすエリザベスの変化を、ミスタ・ベネットではなくミセス・ベネットを反面教師となりえるのか?という部分が非常に気になりました。そういう意味でも金井 美恵子著の「噂の娘」は読んで面白かったなぁ、と改めて思いました。

かかりつけ委員会

2012年1月23日 (月) 09:17

おはようございます。本日は健太郎は7時までの診療となっております、その後武蔵野市歯科医師会での「かかりつけ委員会」に出席するためです、申し訳ありません。

さらに、翌日は武蔵境にあります「スイングホール」での「歯つらつ教室」に参加のため、午前中休診とさせていただきます、重ね重ねすみません。

また、今週金曜日には吉祥寺第一ホテルにて「新春の集い」というやはり歯科医師会の行事がありますので、私も医院長も参加いたしますので、午後6時30分までの診療になります。今週は様々な時間帯で不規則になります、すみません。

昨日、当ビルのオーナーであられた早川さまの告別式に参加してまいりました。

とても気さくな方で、親しくさせていただいておりました。

テーラーを経営されていらっしゃいまして、初めて仕立てたスーツを作っていただいたのも思い出深いです。

謹んで、ご冥福をお祈りいたします。

「ジーザス・サン」を読みました

2012年1月20日 (金) 09:31

デニス・ジョンソン著     柴田 元幸訳     白水社

友人のオススメで知って、それまで全く名前を憶えてなかった作家さん、気になった紹介をされていたので早速図書館で予約して読みましたが、噂に違わず、そのショッキングさは格別のものがありました。

何に近いか?と聞かれたら文体を無茶苦茶ソリッドにして題材をもっと破天荒にしながらも落ち着くべきポイントを逃さないレイモンド・カーヴァーとでも申しましょうか。もしくはあのトム・ジョーンズをもっと日常に置き換えてドラッグまみれにした感じでしょうか?とにかくザラリとしていて先が読めなく、しかも居心地の悪さが非常に高位で安定しているというシロモノでして、衝撃度ではかなりのものがありました。短篇集なんですが、訳者である柴田さんもあとがき述べられてますが、連作短編としてしか読めない短編集です。

私が気になった、と言いますか、引っかかったのはもうほぼ全てなんですが、あえて絞ると、突然としか言いようの無いこの瞬間を平坦に低い眼差しで捉え、しかも冒頭のもっともドラッグ色の強い「ヒッチハイク中の事故」、描写としてピントは合っているのに情報不足ではない居心地の悪さからくる眩暈や白昼夢にも似た感覚を覚える(そういう意味では「エレンディラ」の頃のガルシア=マルケスに似ていなくも無い)「二人の男」、最後の文章辺りはもう詩のようなソリッドさを感じさせる「保釈中」、悪夢、という形容詞がふさわしいのに、映画や小説やドキュメンタリーで言う『悪夢』とは違った現実味でありリアルを感じさせつつ、視覚的ヒロガリを感じさせる作品中最も個人的に好みの作品「ダンダン」、多分一番カーヴァー作品に近い「仕事」、まさに『ぶっとんでる』「緊急」(なんかどうしても、特にこの「緊急」と「ダンダン」は本当に身に起った出来事のように思えてならないです)、そして完成度として最も高いと思う「ベヴァリー・ホーム」です。

私はもちろん衝撃を受けましたけれど、この短編集を『二十世紀末に出た短編集で誰もが名を挙げる一冊』という風に評価する土壌のあるアメリカ社会というものに衝撃を受けました。そんなに日常にドラッグがあるんでしょうかね。日本はそういう意味では平和なんでしょうね。

しかし映画化してるん(ホントに?)ですか!?見てみたいです。

短編アメリカ小説が好きな方にオススメ致します!

「キングを探せ」を読みました

2012年1月17日 (火) 09:21

法月 綸太郎著       講談社

とても久しぶりの新本格ミステリーです。新本格って今そういうジャンルってあるんでしょうかね?詳しい定義は分かりませんが、私にとっての新本格ミステリ作家と言えば、この法月 綸太郎さんか、綾辻 行人さん、有栖川 有栖さん及び島田 荘司さんです。特に綾辻さんの「十角館の殺人」と法月さんの「密閉教室」は個人的にはかなり面白かったですし、一連の「館」シリーズ(新作が出るみたいですね)と法月シリーズは結構読んできたと思います、だいぶ昔の話しですけれど。

新本格ミステリ、というジャンルを超えようという試みとしての、法月 綸太郎の葛藤を描いた「頼子のために」、「一の悲劇」、「ふたたび赤い悪夢」はかなり特殊なミステリだと思いますが(「虚無への供物」中井 英夫著がミステリの中の異物であるのと同じ意味合いで)、『探偵』という役回りの『業』を超えようとするものであり、自意識との葛藤であり、青臭くてどうしようもないものではありますが、しかし同時に身につまされるものでもあり、端的に言えば〈文学的〉ともいえるものであり、非常に驚いたことを覚えています。その後継者は恐らく舞城 王太郎さんでしょうね。だからこそ、舞城さんがミステリ作家として登場し、後に純文学系に移行していったことも頷いてしまいます。が、そこを、あえて(というように見える)踏みとどまったのが法月 綸太郎シリーズなのだと思います。だから、気が付くと読んでいる作品多いですね。「二のj悲劇」も二人称で迫る叙情的な作品でありますし、その萌芽はデビュー作「密閉教室」既にありますよね。

そんな法月 綸太郎シリーズ(作家名と同名の探偵 法月 綸太郎が父親である警視の法月と共に事件を解決するという、エラリィ・クイーンの取った設定を使っているシリーズ)の最新作がこの「キングを探せ」です。

正体不明の4人が交換殺人を起こす事を冒頭で犯人の犯罪計画をしている部分を曝け出しておいて、犯人たちとの知恵比べをすることになる法月 綸太郎の活躍を描く作品です。ですので、残念ながら『読者への挑戦』はありません。なので、トリックを考える面白さは比較的薄く、犯人たちの仕組んだ事件そのものを解決するに到る過程を楽しむもの、と考えていただけたら間違いありません。
優れた作家であっても1ダース以上の優れたミステリーを残すことは出来ない、と言ったのはヴァン・ダインでしたっけ?この作品はあくまで法月シリーズを追いかけている人にだけ向けた作品と言えるかもしれません。

なので、法月 綸太郎シリーズを読んだことのある方にオススメ致します。

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