長谷 正人著 岩波書店
「ふぞろいの林檎たち」という懐かしいテレビドラマの話しをラジオで放送していた際に紹介していた本なので読みました。山田太一と言えば私にとってはドラマなら「ふぞろいの林檎たち」ですし小説なら「岸辺のアルバム」です。そんなにたくさん見ているわけではありませんが、独特の台詞回しが特徴ある、単純な高揚感を得られるドラマではない、生活感溢れる、それもコンプレックスを抱えた人物をめぐるドラマの書き手、という認識です。
そんな山田太一という脚本家に焦点を当て、しかも「敗者」という切り口で纏めたのが本書です。山田太一の視線の低さ、ありのままを肯定させる強さとも言えるものを、どう見せるのか?という部分に非常に説得力ある書き方で、どこか坪内祐三著「ストリートワイズ」(の感想はこちら)を読んだ時の様な、その時代の「同時代性」を視野に入れた開かれた解釈にセンシティブな解析で面白かったです。この「同時代性」というその時の「空気感」や「皮膚感覚」はその時代を生きていた人でしか分かりえません。そのことを前提として論旨を進めているのは、私が読んだ中では坪内さんと長谷さん、そして鶴見俊輔さんくらいしか知りません、不勉強ながら。その点を踏まえる事、かなり重要な視線の持ち主だと思ってます。そして、だから分かり合えないのではなく、だからこそ言葉を尽くして分かり合おうとする姿勢を好ましく思います。
見ていないドラマもたくさんあるのですが、山田太一ドラマの主人公たちのコンプレックスを抱えたままで、敗者である自分を肯定し、それでも救済される、もっと言えば『いつまでも勝ち続けることなど出来るはずも無いドラマが終わった後のドラマ』を、「勝者」を求めて挑み「敗者」になったことでのある意味の「転向」(というネガティブに見える単語の本当の意味を考えさせる名著「戦時期日本の精神史-1931-1945年」鶴見 俊輔著【の感想はこちら】)を飲み込む大人のドラマだと思ってます。いわゆるアッパーな、上昇志向が完遂するドラマではない、何かが成就するのではなく、受け入れる度量や覚悟を描くドラマであることを描く山田太一のドラマを理解させてくれます。
個人的には言い回しが非常に独特で、「確かにそれはそうかもしれないけれど」とか「でも」とか「だって」を繰り返す対話の多いドラマを書く人、という認識でしたが、この本を読んで「敗者」という呑み込みにくいメッセージを扱っていることを理解出来ました。だからとても印象に残るんですよね。
私の印象に残っているドラマの場面で言えば「ふぞろいの林檎たちⅡ」の冒頭、新人研修の場面はとても印象に残っています。もちろん有名な「ふぞろいの林檎たちⅠ」の最終回の小林薫の名台詞や「胸張って行こう」という落としどころは、普通のドラマで言えば何も解決出来ていない場面を見せて、しかし腑に落とす、という離れ業を成し遂げていると感じました。
実は見ていないけれど原作小説で読んだ「岸辺のアルバム」のオープニングの映像と音楽が素晴らしいので動画で。誰がこの選曲をしたのでしょうか?Janis Ian 「Will You Dance?」がとても合っていると感じさせます。
「ふぞろいの林檎たち」をもう1度見て、あーだこーだ誰かと語り合いながら、呑みたいです(笑)
山田 太一脚本のドラマが好きな方にオススメ致します。