宮崎 駿監督 スタジオ・ジブリ
宮崎駿監督作品は私の世代ですと、観たことが無い、という人の方が圧倒的少数派、というくらい子供のころから慣れ親しんできた絵柄であり作品です。過去の宮崎駿監督作品の感想はこちらとこちらです。
こういう話題作は事前情報はなるべく入れないで行くのが基本的には最も楽しめる(情報は今や閉ざすのが至難の業であり、だからこそ、価値を個人にとって倍増させてくれるテクニック。でもみんなが知ってる方法でありながらかなり難しくもあります)ので、とにかく何にも知らないまっさらな状態で観てきました。なので今でも堀越二郎も堀辰雄もよく知らないでの感想です。多少のネタバレありますので、出来れば未見の方はこのまま読まずにまず観に行っていただきたいです。
田舎町で飛行機に魅せられた少年は、目が悪いことでパイロットへの道を諦め、飛行機の設計技師としての道を歩むことを夢見る二郎(庵野 秀明)。先達である設計技師のイタリア人カプローニとは夢の中(私注!個人的には妄想と判断致しました。ただ、ここは解釈が分かれる部分だと思いますし、どちらとも取れるような上手さがあります!)で話し合いさえ出来る、尊敬すべき人物との邂逅を経て、その夢に向かって曇りないひたむきさで進んでいきますが、この時代は天災や戦争の時代であり、一日本人である二郎もその流れの中で生活しているのであり、様々に翻弄されていくのですが・・・というのが冒頭です。
とても広い解釈の開かれた映画で、現実を受け入れる度量の深さを、潔さを描いた傑作と私は感じました。二郎はかなり激しく様々な場面で妄想に耽るのですが、アニメーション的な表現である、個人の妄想をその周りにいる(あるいは実在はするものの、会ったことさえない人物であっても!)二郎と心の繋がりのあるキャラクターとはその妄想を共有出来ている描写を多用していて、この表現方法ひとつとっても、解釈が開かれていると感じます。私のように感じる人もいれば、その後の現実的で細かい意思疎通をアニメーション的に表現しているとも解釈出来ますし、その妄想部分と現実(と言いつつこのアニメーション内でのリアル、だからこそ映画的表現!)の切れ目をとてもデリケートに曖昧にすることで、とても綺麗な作りになっていると思います。
二郎と距離ある、その生き方に共感し得ない無粋な連中とは、話さえも咬み合わない上に何を言っているのか分からないように表現されており(少年の頃のけんか相手のセリフ、そして青年になってからの重役、軍関係との会議の場面)、これだけとっても、それがアニメーション的表現なのか、それとも二郎の主観描写だからこその表現なのかをあえて曖昧にすることで、受け手がどの程度二郎に感情移入するか?を意図的に考えさせるつくりになっているからこそ、ここでも幅広い自由度を増すことへの配慮を感じさせます。
二郎はただただまっすぐに自身の夢へと突き進んでいくのですが、飛行機をつくる、それも美しい飛行機を作る、という「夢」がいかに純粋であるのかを徹底的に綺麗に見せつつ、必ず周囲の人間はその負の面(戦争の道具であったり、技術を盗む側面があったり、軍の介入を避けられなかったり、そして軍国主義に傾いていく祖国をどうすることも出来なかったり)を挟み込んできます。一見、二郎は良い面だけしか能動的には見せていないにも関わらず、その場には一緒にいることで、その負の面を知っていると感じました。ただ、その負の面に対して映画の中では最期の最期の場面でしか答えていない為に、より純粋で綺麗に見えるようにはなっていますけれど。こういう場面でも、観客である受け手がどこまで二郎に感情移入するか?を問われているように感じました。
もちろん宮崎駿作品の主人公ですから、とてもジェントルマンで、少年の心を持っている、ちょっと不思議な人、なんです。そしてヒロインは主人公よりもっと宮崎駿的ヒロインの枠を外さないキャラクターです。宮崎監督はお嬢様や姫さまを描かせたら本当に上手いです。
珍しく正面から主人公とヒロインの恋愛感情を扱っていて、それも逃げない正面からの描写をたくさん取り入れているのですが、その部分にも潔さを、セリフにもある通りの「1日1日を大事に生きる」ことへの覚悟を感じさせました。きっとだからキャッチコピーが「生きねば」になったのではないか?と思います。ねば、という表現に、潔さの強さ、覚悟の重要性を問いたい、という強いメッセージを感じるのです。死が単純な悲劇なのではなく、時間や場所や病気や仕事や天災や、という生きているという様々な制約を受け入れつつも、その中でどれだけのことを成したのか?だからこそ、何をしなければならないのか?を描ききっているのではないか?と感じました。
私はこの映画は傑作ではないか?と思うのです。
映像ですが、地震の映像表現は特に素晴らしかったです、石の揺れ動き、火事の場面も素晴らしく、また相変わらず「水」を描くのが素晴らしい。水面の見せ方、田んぼの水が張られた場面での視点が動いていくことでの美しさ、風が波間を立たせる動き、素晴らしかったです。宮崎駿の絵のクオリティがさらに上がっている感じがしました。忘れられないのがドイツでの壁に映る影の懐かしいけど斬新な表現です、絵画的でありながらも漫画的でありながらも、上手い表現だと思いました。
音で気になったのが、飛行機のエンジン音で、なんとなくですが、人の声で作っている部分があったと思います、象徴的な作りで、びっくりしました。また、地震の場面でも多分人の声を使っての地響きのような音を使っていると思います、特徴的で良かったと思います。とても細やかに、細部に至るまで作り込んだ作品です。
そしてこの庵野さんの声優起用は私はとても合っていると感じました。プロではない人に任せるのはどうか?とも思いましたし、確かに、最初のセリフを聞いた瞬間は「えっ?」と思いはしたのですが、すぐに慣れてしまいました。そして朴訥とした浮世離れしつつも夢を形にすることに異様にこだわる姿勢を表現するのに深みと説得力を与える配役だったと思います。最終的には庵野さんでしか表現できない、この人で良かった、と思わせるに十分でした。
結末のちょっと類似形の無いカタルシスは結構やられました。最期に負の面を受け入れてみせる二郎が、生きねば、と言う重みはちょっと凄いと思います。カプローニは半分も帰ってこないのに、二郎の1機も~の下りからして二郎は夢の負の側面を知りつつ、加担したことの自覚をしつつ、戦争の悲劇性も知りつつ、それでも「生きねば」とつぶやく芯の強さの重みは相当のものがあったと思います。
ただ、単純に「夢」というものを良いものとしてだけ捕えない、物事の多面性を表現しつつ、負の面を理解させるのは素晴らしいと感じました。
宮崎駿作品が好きな方に、オススメ致します。