井の頭歯科

「忘れられた巨人」を読みました

2015年8月28日 (金) 08:15

カズオ・イシグロ著     土屋 政雄訳    早川書房
かなり好きな作家だけど寡作なので、とても久しぶりに読みました。前作「わたしを離さないで」は別格で好きな作品ですが、「遠い山なみの光」とか「日の名残り」も好きな作品です。そんなイシグロさんですが、毎回作風を変えてくるので今作もどうなっているのか?と思いきや、今回はファンタジーになっています、びっくり。前作「わたしを離さないで」はSFモノだっただけに、よりびっくりです。

(恐らく)中世のイギリス。アーサー王が亡くなった直後くらいの時期。貧しい村で暮らすアクセルとベアトリス夫婦は老年に差し掛かっています。この世界には「鬼」が存在し、常に霧が立ち込め、その霧のせいで人々は常に記憶を忘却しやすくなっています。2人は自分たちに息子が居た事を思い出し・・・というのが冒頭です。

読んでいただくのが最も良いですし、何も事前情報は入れない方が楽しめる、とても自由度の高い小説だと感じました。恐らく、何度か読み返すとは思いますが、直ぐにではなく、心の片隅にずっと残り続けるかのような小説でした。
とても、とてもファンタジー色の強い作品でありながら、不穏な空気に左右されていますし、何かしらの暗喩なんであろう、というキャラクターも多く、そのどれもが、はっきりとしない曖昧模糊な存在で、ストーリィ上は確かにある種の結末を迎えていますし、カタストロフィも存在するんですが、それよりももっと奥深い謎、示唆、掲示に富んだ作品だと感じました。多分読んだ人の数だけ解釈が分かれる作品です。最近はあまり本を読んでいなかったので新鮮な体験になりました。
個人的にずっと考えてるのが船頭の暗喩。船頭の英語が知りたいですし、このキャラクターの設定(数人登場します)は恐らく何かの比喩なんでしょうけれど、それがとても曖昧で、読んだ人それぞれの解釈があり得て面白いです。
こういう風にも考えられるし、恐らくこんな比喩が込められているとか、きっと作者はこの世界のアレに対する反対意見を述べたかったに違いないとか、本当に様々なように読める作品です。
ですので、決まった結末や単純なストーリィテリングの面白さは案外低いですし、「わたしを離さないで」のような衝撃を求めているのだとすると肩すかしを感じるかも知れませんが、間違いなく考えさせられる作品ですし、何度も読みたいと思わせる作品。

また、アーサー王伝説はいろいろ話しがありますけれど、もっと詳しく知りたくなるように感じさせる部分もあって、もう少し調べてみようかと思ってます。特にガウェイン卿、ランスロット、については詳しく知りたくなりますね。

とても解釈の開かれた、しかしそれでいてどことなく悪夢的な作品でありながらメインテーマは多分『愛』なんで、そういったものが気になる方にオススメ致します。

「バケモノの子」を観ました

2015年8月14日 (金) 09:35

細田 守監督     東宝

「時をかける少女」と「サマー・ウォーズ」が良かったからものすごく期待して観に行った「おおかみこどもの雨と雪」があまり好みの作品じゃなかったので・・・まぁ私が子供が基本的に好きじゃない部分もあるとは思うけど、ストーリィがとにかく・・・で敬遠していたんですが、ちょっとした空き時間にピッタリ上映していたので観ました。

9歳になるレンは両親の離婚に伴い(母は死別)引き取られる事になったのですが、納得できずに家を飛び出し、渋谷の街を彷徨っていると・・・というのが冒頭です。もちろんファンタジーの映画です。前作が母親の母性を完全、100%肯定映画だったので非常に心配しながらの鑑賞でしたが、割合素直に面白かったです。

今作は父親と子供の関係に焦点を絞ったのが良かったのかも。関係性という意味では熊徹(という父親代わりになる妖怪)とキュウタ(レンの妖怪世界での呼び名)という子供に成長や変化はほぼ皆無であるのに信頼性が高まるのが良かったです。リアル父親との関係性の再構築も葛藤があって良い。ただかなり説明台詞が多いし、強引な展開も多いし(あのヒロインの登場場面の古くさい手法はちょっとどうかと思いますよ・・・)、ダメな部分も多々あるけど、これはやはりローティーンに向けた作品なんだと思うといろいろ納得出来きます。そういう意味で子供向けの作品の素晴らしさは充分に感じられました、ただ大人の鑑賞に向けられた作品ではないかも。何処かで見た、という部分が多いのも事実だと思いますし。でも子供にとってはこれがその最初のひとつ、と考えると丁寧な作り方だと思いました。最初の1回性って偶然出会うものですしね。それがこの作品だったなら、そんな子供は恵まれていると思います。

宮﨑あおいさんが少年役にはちょっと無理があります(女の子に見える)が、大泉洋さんと、何より熊徹の役所広司は素晴らしかったです。子供ならびっくり出来る伏線の張り方も良かったと思います。

まあ死者が出なかったニュースを流すのはちょっとどうかと思うけど(あの規模の爆発で死者が出ないのはまぁ無いのではないかと・・・)とか、ダメな部分はあるにしろ、子供向けと考えれば十分良作だと思います。

子供の人に、あるいは親になった人に、オススメ致します。

「コングレス未来学会議」を観ました

2015年8月7日 (金) 09:42

アリ・フォルマン監督     TOHOO FILMS

これはなかなかの良作。絵柄がぶっ飛んでます。あと、ホントに愛の話しなのかな?なんかエゴの話しに見えました。宣伝では「愛」の物語とうたってるけど、何か、微妙に違った印象を受けました。

女優として華々しくデビューし、一時代を築いたロビン・ライト(という役を演じているのが実名ロビン・ライト というメタ構造です)。しかし息子が難病に罹り現在は仕事があまりありません。ロビンの代理人であるアル(ハーヴェイ・カイテル)はそんなロビンの唯一の理解者でありますが、新たな契約を映画会社ミラマウント(!)と結ぶべくロビンの家族とも話し合うのですが・・・というのが冒頭です。

映像が実写とアニメーションを組み合わせたものになっていて、幻覚剤を使用している場面をカッコつきの「幻想」をアニメーションで、カッコつきの現実世界を「実写」表現で表しています。その表現方法からしてかなりぶっ飛んだ映画になっていると思います。しかも役名をリアルな現実の役名でわざわざ採用している部分も考えると、かなりのメタ構造を含んだ作品になっています。

これはおそらく、何度か視聴しないとワカラナイ構造にもなっているんですが、非常に面白い作り方だと思いました。またちょっと見たことが無い作品です。主役のロビン・ライトにはあまり好印象を持てませんでしたが、精神科医を演じたポール・ジアマッティはさすがでしたし、久しぶりにハーヴェイ・ミスターホワイト・カイテルが見られて嬉しかったです。

ネタバレを避けての感想になりますが、私は母親の愛情、というよりも母親のエゴイズムを感じてしまいました・・・とても奇妙で、リアルの底が抜ける作品、非常に近い感想を持ったのがアニメーション作家の今敏監督作品です。特に「パプリカ」と「パーフェクト・ブルー」の2作です。そしてもう一つ、これは演劇の作品ですが、最近見たブルドッキング・ヘッドロックという劇団の「1995」という作品です。どの作品も丁寧な作り、様々な伏線、細かな演出、説得力あるガジェット、素晴らしい作品に共通する何かを持っています。特に「1995」は女性の自己認識欲求の業の深さ、という意味でも似たテーマを扱った作品だと思います。

リアルという認識とは何か?という袋小路に入り込んだことがある方、母親という世界最大の秘密結社の構成員の方にオススメ致します。

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