ジュディ・フォスター監督 ソニー・ピクチャーズ
なるほど。
ジュディ・フォスター監督作らしい女性大活躍映画。
なので男はかなり間抜けに見えますが、そこが可愛い、と言える人もいると思います。
金融バラエティ番組「 マネーモンスター」 のディレクターのジュリア・ロバーツと司会者ジョージ・クルーニーの番組に、この番組のおかげで全財産をすった犯人が忍び込み…というのが冒頭です。
軽薄な司会者ジョージ・クルーニーがおバカ全開で笑わせてくれますが、これをやっても許されるキャラクターであるというのを観客に理解させるのが凄いです。これは日本人俳優で言うと大泉洋さんにも言える愛嬌だと思います。愛嬌が半端なくあるジョージ・クルーニーと大泉洋。こういう人は何をやっても許されそうに思えます。
映画としては、もう少し突っ込んで欲しい部分もありますが、あくまでエンターテイメント作品としてはこの辺が限界か。
私は金融モノなら断然「マージン・コール」を推します。でも普通に面白いですし、何しろ100分を切る映画は本当に良く練られた脚本だと思いますね。この映画も98分!その辺も流石ジュディ・フォスター!
犯人役が可哀想でもあり、自業自得でもあり、考えさせられるが、彼女にあそこまで言われたら、ちょっと落ち込みます・・・
で、もうひとつ、こちらはヘヴィーな映画です。
「キュア」を見ました。
黒沢 清監督 大映
公開(97年公開)当初に見逃してからはや20年!そういえば何となく見なくちゃと思いつつ手が伸びなかったんですが、今頃見て衝撃を受けてます。
ちょっとこれはエイドリアン・ライン監督作「ジェイコブズ・ラダー」(90)でもあり、ジョナサン・デミ監督作品「羊たちの沈黙」(91)でもあり、ブライアン・シンガー監督作品「ユージュアル・サスペクツ」(95)でもあり、デヴィッド・フィンチャー監督作品「セブン」(95)でもあり、今 敏監督作品「パーフェクト・ブルー」(97)でもあり、ポン・ジュノ監督作品「殺人の追憶」(03)でもあり、もちろんそして何といっても傑作である青山 真治監督作品「ユリイカ」(01)に似ていますが、とにかく凄い作品でした・・・ホント映画っていっぱいあるから全部は見れないし、しょうがないけど、未見だったのは恥ずかしいです・・・
猟奇的な殺害事件が続いている。どの事件も犯人はその場で逮捕されていて、殺害も認めているが、しかし動機が不明で、しかも殺害方法のみ酷似しているという難解な事件を捜査する刑事高部(役所 広司)は、家族にも問題を抱えストレスフルな毎日の中で事件を追っているのですが・・・というのが冒頭です。
ものすごく衝撃受けました。
受け手にいろいろ任されている見せ方も、どこまでが映画内事実でどこからが映画内妄想なのか、それも誰の妄想なのか?が非常に曖昧模糊で不明瞭、境界がはっきりしません。
ですので、どう受け手がとらえたか?で話が全然変わってくると思います。
主演の役所 広司さんが凄くいいです、こういう役でもいいですね。そして肝は何といっても1番読めない役を演じている荻原 聖人さんが不穏過ぎていいです。つかみどころが全くない、それでいて超常的な違和感もあり、得体のしれなさが素晴らしい。
舞台となる病院、民家、などロケーションがまた本当にどこから探し出したのか?というくらい不穏でオカシイ場所です。そして音楽とも言えないBGMの不協和音が嫌が応にも暗い気分にさせられます。
また、メスマーという人物が本当にいた事も恐ろしい。
何を聞かれても疑問符で答えるという問答の恐ろしいまでの困惑感。話しが堂々巡りを繰り返していくと、どうしようもなく積もっていく虚無感と理不尽さ。
本当に衝撃作。
これは黒沢清監督作品をいろいろ見なければ、と思いました。
サイコホラー、サイコサスペンスが好きな方にオススメ致します。
アテンション・プリーズ!
ここからネタバレありの感想です。未見の方はご遠慮ください!この映画はかなり嗜好が分かれる作品だと思いますので、誰にでも勧められる映画ではありませんが7、サイコホラーが好きな方には是非のオススメです!
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この映画の恐ろしい所は、快楽猟奇殺人ではなく、とにかく不穏感を醸し出す映画体験だと思います。どこまで行っても明確な答えがない。そのどうしようもない感覚を抱え込まされる感じです。よくよく考えればもしかすると何かの答えがあるのではないか?暗示されていたのではないか?という汲み取れなかったのではないか?という欠落感があります。なので何度も見てしまいますね・・・
催眠術がここまでではないというのは間違いないんですが、しかし、催眠術が出来る出来ないか?ではなく、人の心の奥底は理解できないという当たり前の事が恐ろしいのです。
キュアという言葉は癒すという事ですよね?しかしこの癒し、という事の意味を改めて考えさせられます。
もしかすると犯人に仕立て上げられた人々の本当の、心の奥底の渇望を癒す行為を間宮が引き出しただけなのかも知れませんから。
この思考の堂々巡りが恐ろしい。しかも精神科医役で登場するうじきつよしがしつこく、何も信じるなよ、深入りするなよ、と常に語り掛けてきます。精神科医と言えばこの道のプロです、分からない事に一定の意味や仕組みを説明できるはずなのに、うじきつよしの辿る結末を考えると本当に怖いです。
何しろよく考えると現実にもそうなのかも、という感じがするからです。
精神的な、心の奥底に人が何を思っているか?永久にワカラナイ、という事を、何も信用できないという寄る辺の無さ、底の抜けた感覚を持ち続ける事の不穏感。本当に凄い作品だと思います。
個人的な解釈ですが、あの寒空に立つ館は心の奥底に分け入った事の暗喩で、映画内現実では、高部が間宮を連れ出し殺害、精神科医も殺害、人の心に潜む欲望の救済者として無自覚に働き始めてしまった(何かの暗示も必要なくウェイトレスを突き動かした・・・)、という感じになりました。
何度も観ないとワカラナイ、その上その時の受け手の感覚で結末が変わる優れた作品だと思います。