井の頭歯科

「第三夫人と髪飾り」を観ました

2021年6月29日 (火) 09:39

アッシュ・メイフェア監督     クレスト

初めて観るベトナム映画です。ベトナムが舞台になった映画はたくさん観ていると思いますが、ベトナム映画は観た事が無かったです。

注!めちゃくちゃ凄い映画ですが、女性にとっては大変厳しい、過去の現実であり、残念ながら今もそのままではないにしろ、残っている現実を扱っています。なので、かすかな救いしかない作品だと思います。しかしこれがデビュー作とは思えない深みがあります。

19世紀のベトナム。14歳のメイは富豪の男に第3夫人として嫁ぐのですが・・・というのが冒頭なんですけれど、ちょっとした地獄が待ってます。

私は男性ですので、女性の感覚が分かりません。人として、と言う意味では理解しようとしていますけれど、いろいろな場面で様々な人に指摘されてきましたし、多少の自覚もありますが、共感する、と言う意味が、正直なところよく分かりません。相手の気持ちになって、という意味である事は理解出来ていますけれど、私の想像する相手の気持ちを考えて、は大抵相手を困惑させたり、驚かせてしまったり、怒らせることになります。良かれと思ってい見ても伝わらない、違う意味で捉えられる事もありますし、実際に見当違いな事も多いと思います。コミュニケーションのスキルを上げたいけれど、人は勝手に解釈するものですし、こう解釈して欲しい、というのは、相手を思い通りにしたいという欲求、私の思い通りになって欲しいという傲慢だと思ったりします。そんな人間の感想ですので、女性の方は」読まなくても良いと思います。

非常に綺麗な景色や季節の変化を映しつつ、いわゆる人間の営み、を通しての人の開放をテーマとして扱う映画なんですけれど、非常にストレートな表現を」しますし、すっごく男尊女卑であり、しかし当時にとっては普通の、常識的な生活を扱っています。まずベトナムでも一夫多妻制度が行われていた、というのも知らなったです。その上、男児を生まないと正式な妻認定されないのも凄いですし、まぁ今から考えるとどう考えてもアウト、男尊女卑だけじゃない人のモノ扱いまで含めてヒドイ過去の日常を描いています。

ところどころで差し込まれる歌があるのですが、ここに字幕が出ないのが、すっごく気になります、多分大切な何かが謳われていると思うのに!それと、ベトナムの四季があるのか?全然分からなかったです、季節の移り変わりが自然描写で表されているんだろう、というのは理解出来ますけれど、雪は降らないし寒そうでもないし、暑そうでもないので、良く分からないのが残念。多分土地柄がワカラナイとその辺の描写も掴めなかったです。

嫁ぐ日からは始まる様々な出来事に、いちいち現代の感覚ですと、OUT!と表現したくなる様々な事が行われるのですが、当時の常識ではありますけれど、それって女性の我慢や忍耐や苦労があってこそなのだな、というのがちゃんとわかるようにしているので何とか見れますけれど、まぁ凄いです。わざわざシーツを表に晒したり、なんのこれは作業なのだ?と考えさせられます・・・・

常識って、すぐに更新されます。常識を疑わないのは、どうかと思います。

皆よく働くし、仕事は大変多いですし、蚕を飼育して生糸を生産しているのですが、とにかく、働くのは全部女性です。男性は4名出てくるのですが、メイの旦那、旦那の父であり当主であるおじいさん、メイの旦那の第1夫人の息子、そして下男、の下男は少しだけ働くのですが、それ以外は全く無生産性で、人間の3大欲求を満たしているシーンしか出てきません、そう撮っているんでしょうけれど、徹底していますし、本当にそうだったんでしょうね。

この蚕を使った暗喩が、私には非常に良い意味でキモチワルイと思いますね・・・どうしてこういうの思いつくんだろう・・・

最後の最後に、名作エレム・クリモフ監督「炎628」の最後をオマージュしたシーンが印象的でした。

過去の常識を再確認してみたい方にオススメ致します。

「悪魔を見た」を観ました

2021年6月25日 (金) 08:55

キム・ジウン監督     ショーボックス

韓国映画の凄さはいくつもありますけれど、気になる点もあって、それは、警察機構の杜撰というかダメ過ぎる描写が多すぎる点と、斧を持ったとても暴力的な市民とは言えない謎の武装集団がいるという点です。この2つの意味するところがどうしても分かりません。警察が機能していないのも恐ろしいですが、もしかすると、これは警察への不満、なんとなく政治家との癒着など、今までの対応への批判が込められているかも知れません。とは言え私には、凄く脚本に都合がイイようにしか見えないのが、改善すべき点だと思います。あまりに、あまりなので。2つ目の点については全然ワカラナイです、とにかく最底辺の暮らしをしているので、お金で非常に厳しい仕事を請け負っているのでしょうけれど、そういう描写に映る人が皆、ナイフや包丁ではなく、斧を持っているのが恐ろしいです。これは何かの暗喩なのでしょうか?この映画にも出てきます・・・2つとも・・・

女性が車の故障でレッカー車を待っている車内から、男性に向けて携帯電話で話しをしています。嬉しそうに話す女性の車に近づいてくる派手な黄色の車があり・・・というのが冒頭です。

私は、正直、今作はちょっといくら何でも、という風に感じました。決して悪くない作品ですし、やろうとする事の意味は理解出来るつもりです。が、どうしても脚本の、非常に都合良さみたいなものを感じます。テーマを際立たせる為なら、何でもする、と言う感じで、いろいろ細部が気になってしまいました・・・

しかし、余り細部を気にしなければ、もしかするとアクション映画として良い作品なのかも知れません。

主人公は2名。

復讐い燃えるスヒョンを演じるィ・ビョンホンと、シリアルキラーというかもうなんだか良く分からない人ギャンチョル役のチェ・ミンシクさんです。その他の人はあまり重要ではないとは思いますが、まぁ2人の対決姿勢を際立たせるための、装置、は言い過ぎかもしれませんけれど。

ネタバレなしの感想ですけれど、やりたい事は分かるんですけれど・・・という感じです。

あなたは、あなたにとって重要な誰かを傷つけられた場合、どうしますか?

に尽きると思います。とても似た設定の映画で三池崇史監督の「藁の楯」(の 詳しい感想は こちら )と言う作品がありましたが、ある意味似ていると思います。

復讐したい、同じ目に遭わせてやりたい、と思う事はきっと正常な感覚だと思いますけれど、しかし法治国家に生きている人間には「報復権」は国家権力により独占されているのではないか?と考えます。それにやられたらやり返す、と言う行為の果ては、絶滅しかないです。

そんな中、主人公であるスヒョンは、突き詰めた考えの持ち主で、かなり常軌を逸しています。ここまでは、まぁ想像の通りでした。

スヒョンに相対するそもそもの事件のきっかけを作ったギョンチョルが、また・・・ここが非常に飲み込みにくいのです・・・これは桐野夏生著の「OUT」の最後に、どうしてこんなに!?という人物が出てくるのと似ている感覚です。

まるで韓国社会には普通の人々100名に対して、5人くらいシリアルキラーがいるのでは?というくらいに感じます。とは言え、映画「ジョン・ウィック」の世界は、もっと多そうですよね・・・ま、そういう世界の話しと思うと、それほど変でもないかも知れません。

アクション映画、というのか、サスペンススリラーなのか?なかなか判断しにくい作品でした。

悪魔はどこにいたのか?ですけれど、人を呪わば穴二つというのが、多分考えられていた結末なんだろうと思いますが、それにしても・・・とも思いました。

復讐について興味がある方は、あまりいないと思いますし、悪魔とは何か?に興味がある方にも、タイトルで既にネタバレ気味ですし。ですので、ィ・ビョンホンさんに興味がある方にオススメします。カッコイイですから。

アテンション・プリーズ!

ネタバレありの感想です。未見の方はご遠慮ください。

とにかく2人が社会を顧みないで、自由に動き回り過ぎです・・・警察は何をしているのでしょうか・・・いつもの韓国映画の警察の無能ぶり以上に、捜査線すら張れない状況ですし、追跡も、容疑者の動向チェックすら出来ていません・・・これはいくら何でも、です。と言う感じで乗り遅れました、映画のノリに・・・

それに、ギョンチョルの欲望のままに、という事なんでしょうけれど、だったら、ラストに家族に命乞いというか、開けるな!なんて言いますかね?やめてくれ、とか観客向けに言わせてるように感じました。このある種のゲームはギョンチョルの勝利で間違いありませんよ、ここまで自由にしているわけですから・・・消したい人はすべて消したと思います。

それと、ラストにギョンチョルの家を使うんですけれど、なんで警察はこの家さえも突き止められないんでしょうか?容疑者の1人として挙がってましたよね?もし家をしっていたのであるなら、殺害現場にそれなりの調査をしているんじゃ・・・規制線も無いんですよ・・・これはちょっと・・・

もっと最初から、4人に絞られている捜査情報を入手したスヒョンは、結局関係ない奴も痛めつけて拷問しているんですよ・・・これは犯罪だと思いますし、犯罪を犯してまでも復習に駆られているのだとしても、やっていい事と悪い事がある気がしますし、警察が張っている容疑者宅に忍び込んで警察が気がつかないのはもういくらなんでもと言う気がします・・・

まぁ2人の対決に絞ったんでしょう。飲み込む事にします。でも、なら、豪邸で気ままに暮らすシリアルキラー男女の組はなんで出てきたんでしょうか?シリアルキラーに仲間がいるのは結構興醒めです・・・そもそもそういう人間じゃないと思いますね。

ギョンチョルは完全に勝利で、なんで命乞いをしたのか?が全然理解出来ない・・・そういう人じゃないでしょう。

スヒョンも何度も痛めつけるのであれば、どうして、もっと局部的な人体破壊を行っていないのか?凄く不思議です。歩けるし手も使える、目も見えるし、喋れる。なんでかなぁ・・・

悪魔は誰だったのか?は多分みんなが悪魔に見えるギョンチョルだけれど、スヒョンも悪魔ですよね、という事なんでしょうけれど、私には甘く感じてしみました、悪魔は人間の心の中にしかいないと思いますが、非常に小物な悪魔を観た気がします。これなら私はデレク・シアンフランス監督の「ブルー・バレンタイン」の方がずっと恐ろしいですね。

カテゴリー: 映画 感想 | 1 Comment »

「ミュージック・ボックス」を観ました

2021年6月22日 (火) 09:44

コスタ=ガヴラス監督     トライスター・ピクチャーズ

全然知らなかった監督コスタ=ガヴラス、しかし、映画好きの友人の方が「日本の戦争映画に無い部分が描かれている」という一言で、絶対に観ると決めた映画です。でもタイトルが「ミュージック・ボックス」ではなかなか戦争犯罪映画だとは思えないですよね。しかも法廷劇!だいたい法廷劇は面白いと決まってるようなものですし。

恐らく、第2次世界大戦から30数年後のアメリカ。弁護士のアン(ジェシカ・ラング)は突然父親の永住権に対する裁判の弁護をする事になります。父であるマイク・ラズロ(アーミン・ミューラー・=スタール)はハンガリーからの移民ですが、30年勤勉に働き、娘を弁護士にした男なのですが・・・というのが冒頭です。

過去の疑惑に伴う、しかもナチスの件となると、穏やかではありませんし、父を慕う娘であるアンは、当初、専門の弁護士をすすめていたのですが、父ラズロから説得されて弁護を請け負う形になります。父からの絶大な信頼と、家族の愛を描いた作品でもあります。もちろん、かなり特殊なケースではありますけれど。

裁判で争われる争点に、どのような決着を付けるのか。裁判では事実かどうかが争われるわけですけれど、様々な物証を頼りにはするけれど、その真贋ではなく、妥当性だったり、可能性だったり、言葉で戦う決闘のようなものだと思います、ルールがあり、ジャッジするのは神様ではなく人間の言葉による決闘です。ですので、情に流されたり、またそのようにあえて見える事をしてみたり、人間のジャッジする事なので、事実を争っているようで、実は事実はどうでも良くて裁判で争っている双方の人間の合意、を求めているわけです。そして裁判結果は、確実に(控訴がいつまでも続くわけではありませんので)事実と双方以外の人間も認めるお墨付きを与えているのだと考える事も出来ます。

ミック・ジャクソン監督の「否定と肯定」(の感想は こちら )の法廷劇の時も同じことを思いましたけれど、実際に明らかに不利な状況証拠しかない場合でも、裁判官である人間がジャッジしているので、裁判結果が間違っている事、私はあると思います。そして恐ろしい事に、裁判結果を控訴以外で変える事は、かなり難しい、と言う事実です。人間は間違いを犯しますし、決定的証拠が無い事で、不当な判決が出る事もあると思います。だからこそ推定無罪は重要です。

弁護士として働いているアンは、当然その事を知っている。ですので、反証、弁護する際も、事実を争っているようで、実は信憑性を争っています。そして、嫌疑をかけられている身内である父ラズロの言葉の端々に、些細な違和感を覚えているのです。娘として父親を信じたい気持ちと、弁護人として被疑者の利益を守る事、これは一瞬完全に重なるようでいて、少し異なるのではないか?とも思えるのです。実際、アンは非常に悩みますし、時には離婚した夫の父である高名で経験豊かな弁護士にアドバイスを求めます。そして、実際に見事な反撃を行うのですが、しかし、というのが本作の最も面白く、そして考えさせられる点だと思います。

アンを演じるジェシカ・ラングさんはあまり良い印象を感じませんでした。普通に良かったけれど、もう少し抑えた演技で、出来たらもう少し線が細い感じの方がより苦悩する感じが出たんじゃないか?とも思います。そして、検察官を演じるフレデリック・フォレストさんが凄く、イイ演技をしています。私は彼がこの映画の中で1番好きなキャラクターです。昔の事だとしても、今の基準で裁く事だとしても、それでも、犯した罪を償わせる意味を見出す人、という印象があります、もちろんそれなりに黒い所もあるんですけれど。それと、年を重ねたジョセフ・ゴードン=レヴィットっぽさhがある、愛嬌を感じるのです。

そして最も演技が難しいラズロを演じるアーミン・ミューラー=スタールの演技はとても含みを、幅のある感情を宿している、と後から理解する感じが良かったです。

この映画をオススメしてくれた、大変映画にも、音楽にも、小説にも、いわゆる文化的なモノに造詣の深い、しかしたった1歳違いの方が、この映画を指して『日本の戦争映画の中には絶対に無いモノがある、それは加害性だ』という大変重い言及がありましたけれど、本当にその通りだと思います。

結末の重さ、それも引き受ける重さの、なんとヘヴィーで潔い事か。これは私は個人が確立している文化圏だから起きる出来事だと思いますが、しかし、儒教の国では難しい気がしますね。私はイマヌエル・カントを思い出したりしました。彼はたとえ話で、身内に犯罪を犯した人間がいて、匿う事もするけれど、警察など公的機関に問われた場合は嘘を言ってはならない、と答えています。嘘は言わないけれど、匿う事はする。問われれば答える。凄く自律を感じます。

もし、日本の戦争映画を観た事が合って、家族の絆がいかに素晴らしいものであるのか疑った事が無い人にこそ見ていただきたい傑作。出来れば、日本が敗戦した事実を、事実として受け止めているのではなく、たまたま運が悪かった、くらいに考えている事で自らの判断を、自己よりも巨大な、国家や、理念に仮託して自己認識肥大になっていないか不安に感じている人に、オススメ致します。判断を他者に預ける、自ら放棄して預けてしまう事ってとても怖い事だと思います。一見楽に見えて実は非常に愚かな事だと思うので、自戒を込めて。

果たしてラズロ氏は何をして、何をしなかったのか?それを受けて、アンは何をして、何をしなかったのか?私はアンを支持します。

戦争映画を観た事がある人に、オススメ致します。

アテンション・プリーズ!

少しネタバレ有の感想をまとめてみたいと思うので。未見の方はご遠慮ください。

まさに家族の絆の話しです。そう、その絆がどう描かれていくのか?がこの映画のサスペンス部分を担っています。弁護をしながらも、アンが明らかになる事実に対して、法廷での事実だけを争うのではなく、信憑性を考慮する弁護に軸足をずらすシーンは、大変絆を深める事になると思います、何しろ、事実ではなく裁判での証明、これが事実ではない可能性を高める手段に訴えるですから。KGBを使ってまで、つまり当時の敵の手を使ってまでも、事実を認めさせるのではなく、信憑性に揺らぎを与え続ける弁護をする中で、アンの心境もかなり変わっていったことでしょう。

ここで、私はハンガリー政府が行っている過去を暴く事の意味についてどんな経緯があるのか?は理解していません。が、確実に起こった事に対するある種の正義の発露を期待する事に、昔のことだし、家族が大切なんだから、という理由だけで、もしくは親しいから、個人的に好きだから、という感情だけで、ラズロを許す事が出来る社会を、恐ろしいと思います。

ラズロは、過去に起こった事実を事実として知っている、唯一の人間です。被害者であっても時間の経過が30年を超える場合はなかなか確実性を示す事は難しいと思います。が、本人だけは知っている。しかし、自分を騙し続けられる人は少ないと思います、過去改変を自分に信じ込ませることのできる人間に罪悪感は生まれるのでしょうか?分かりません。

そんなラズロを弁護していたアンが、認めるのはかなりキツいと思いますが、それでも弁護していた家族から切り離されるラズロの心境はいかほどだったのか?と言う点と、そして、もしかすると、あのような凶行を日常にしなければ生きて行けなかった世界だったかもしれない世界を歩いていたラズロの、心の中を考えると、何も言えなくなります。それでも正義に価値を置くことの意味はあると私は思います。

日本の場合はすべての国民が被害者である、というタテマエがあまりに流布し過ぎていると思います。当然、その国家の政府を認めているのは国民ですし、反すれば逮捕や死が待っていたのも事実だとしても、等しく、国民にも罪はあります。その上で、東京裁判のようなある種の茶番があったとしても、受け入れざるを得ないし、無かった事になならない。さらにサンフランシスコ講和条約に署名している訳で、2重に意味を成さない。本当は日本の国民国家が、先の戦争を総括しなかった事に問題があると思います。でも、してこなかった。ココに未成熟で幼稚で主体性の無い国民が生まれるわけです。

「お嬢さん」を観ました。

2021年6月18日 (金) 09:10

パク・チャヌク監督     ファントム・フィルム

韓国映画で少し毛色の違う作品に手を出してみたくなったので。パク・チャヌク監督は「オールド・ボーイ」しか見ていませんけれど、凄く特徴のある監督さんだと思います。何となく、日本の監督だと園子温監督と似ている気がします。非常に煽情的で、少年漫画っぽい感覚があります。今作も私はそのような部分を覚えましたが、凄くお金がかかっている!!そして、漫画的な表現、ストーリィだとしても、お金がかかっていると、凄く上質に見えるのが、とても不思議です。

日本統治下の朝鮮半島、孤児として生まれ、犯罪に手を染めて生きるスッキ(キム・テリ)は藤原伯爵(ハ・ジョンウ)に雇われ、ある屋敷の侍女として忍び込む事になるのですが・・・というのが冒頭です。

原作があって、しかもイギリスの話しをアジアに置き換えています。これが面白いのですが、たどたどしくも、ちゃんとした日本語を話してくれます。しかし、ちょっと聞き取りにくい。恐らく何を意味しているのか?までは理解していないのではないか?と思います。なのでイントネーションとして聞き取りにくい、ように聞こえてしまうのではないか?と感じました。しかし、美術、衣装、セット、画面に映るあらゆるものにお金が、それもかなりの額、かかっています。これは非常に豪華な映画です。

しかもミステリ仕立てにもなっていますし、まぁある種の愛の話しにもなっていますし、それでもR18指定作品なのですが、まぁ万人に受け入れられる作品に仕上がっていると思います。少し倒錯した世界観ではありますけれど、人を惹きつける性的な表現を多分に含んでいますし。

かなり原作からは脚色された展開だと思います。

キャスティングが非常に良くて、何を考えているか分かりにくい閉ざされた世界に生きさせられているお嬢様をキム・ミリさんが演じているのですが、確かに何を考えているのか分かりにくい表情で、イイ演技だと思いました。そこに犯罪を犯して生計を立てているとは言え純朴な侍女スッキをまさに純朴そうに見える、といえば聞こえは良いでしょうけれど、どちらかと言えば純朴ではなく世間知らずな感じに見えるキム・テリさんが演じている事で説得力が増して感じました。このキャスティングが素晴らしかった。

そこに、まさに詐欺師、という感じの、あのナ・ホンジン監督作品「チェイサー」での連続殺人鬼役のハ・ジョンウさんが、非常に良かったです、はまっています。

ただ、園子音監督で言ったら何をやっても許される道具として使われている『キリスト教』に当たるのがパク・チャヌク監督で言えば「性的なモノ」なんだと思います。凄く人気のあるコンテンツだと思いますし、3大欲求に数えられますけれど(本当に余談ですけれど、私は人間の根源的欲求は4大欲求だと思っていて、食欲、睡眠欲、性欲、えばりたい欲、の4つだと思うのです・・・)、それが大変倒錯した世界観で、大仰に、展開するので、好きな人には響く作品だと思います。

最後の展開も、悪くないと感じました。しかし、すっごくお金かかってます、豪華です、それだけでも観る価値はあると思います。

韓国映画が好きな人にオススメ致します。

「新しき世界」を観ました

2021年6月15日 (火) 09:15

パク・フンジョン監督     彩プロ

少し前に観た「アシュラ」(の感想は こちら )がとても良かったので、同じように評判の良かったし、映画好きの方もオススメしていたので見ました。しかもtbsラジオで宇多丸さんも絶賛していた、と記憶していたので、見終わった後に動画で当時の宇多丸さんの批評も聞いてみましたが、当たり前ですけれど、結構感想って違うモノですね。私はゴッド・ファーザー感はあまり感じられなかったです、私にとってのゴッド・ファーザーって、家族の中での跡目争いなんかじゃなく、あくまでヴィトー・コルレオーネから紆余曲折あってマイケル・コルレオーネに権力が移る話じゃなく、マイケルの秘めたる内なる能力の発現の物語だと思うので。人によって同じ映画を観ても全然違った見方になるんだなぁ、とつくづく思います。そして、人それぞれでイイと思ってます。

薄暗い港近くの倉庫で、ある人物が拷問を受けています。拷問されている人物からは、拷問を指示している人物の顔は見えません、強い逆光を浴びているので。とてもとても不穏な空気が流れ、拷問されている人物は、その顔の見えない相手に向かって懇願しています。しかし・・・と言うのが冒頭です。

韓国のコングリマット企業ゴールドムーンの会長の突然死から始まる組織内の権力闘争という軸と、その中に巻き込まれている潜入警察官の内なる葛藤を描いた作品です。そして、すっごく、勢力分布図が、この前に観た映画「アシュラ」に似ています。敵対する2つの組織、どちらにも弱みを握られている状態の主人公、という構図です。しかし、本作「新しき世界」の方がやや単純化されていて筋を追いやすいですし、凄惨さも抑えられていますし、万人に受ける作品なのではないでしょうか。しかも、みんな大好きチョン・チョン兄貴、という非常につかみが良くて、まるで松田優作のようなキャラクターで、誰しもが好きにならずにいられない存在が居るのが大きい。このキャラクターの造形、演じる俳優ファン・ジョンミンさんの魅力がすさまじいです。多分ココがテコになって好きな人にはタマラナイ唯一無二の作品になる事もあるでしょうし、何処かで見たキャラクターに感じる人は、もう少し冷静に観れるようになる気がします。誰にとっても初めての『兄貴』的なキャラクターが居ると思うのです。それが松田優作さんだったり、高倉健さんだったり、ビトー・コルレオーネだったりするだけで初回性というものは誰にも存在します、きっと。

そういうわけで、今回の主人公は、結構影が薄いです。何しろ、巻き込まれ役ですから。そして映画は非常にはっきりとした1点を主軸に置いていて、それが恐らく友情とか兄弟杯、とかその手の奴です。

なので、映画の結末は非常にすっきりすると思います、唯一1点私には分からなかったのが、初代会長を誰が陥れたのか?です。

それともう1点ラスト近くのとある対象を陥れるためのシーンを拷問にして、最初のシーンにしていたら、もっと円環構造も使えてあれはそういう事だったのか!という驚きが出て良かったと思います。

もちろん、刑事役のチェ・オールドボーイ・ミンシクさんの演技も渋かったので良かったですけれど、とは言えタバコを止めるシーンは、もう少し同期させておかないと、おバカさんに見えますし、基本的にこの映画の女性役2名は、本当に女性でなければならなかったのか?という疑問は残りますね。「アシュラ」の場合の女性は本当に紅一点で、しかも、最後に結局、○○されるという見せ場、女性でさえも、という意味を感じましたけれど、こちらの映画では、あまり感じなかったです。特に奥さんを出す理由、何かあったのでしょうか?そりゃ、刑事が引き合わせた実は家庭まで潜入されてる捜査官が潜入捜査官って面白味はありますけれど、刑事が奥さんまで使っていた、という驚きで終わっていて、すごく投げやりな感じがしました。もったいないと思います。

それと、また、またまた非常に下層な何でも仕事にするキャラクター集団が出てきて、これは韓国ではお決まりの組織なんでしょうか?謎は深まるばかりです・・・

1点指摘しておきたいのは、やはりハードボイルド作品には友情はつきものですし、実は中心人物ほど、何もしなくても巻き込まれる感じって、凄く村上春樹の小説みたいです。これは揶揄しているのではなく、そういう上手さ、テクニックが初期から村上春樹さんの小説にはある、という事です。だからこそ、多くの読者に読まれ、しかもそれぞれが、この僕(村上春樹小説の主人公はほぼ1人称で、僕 表記です)は私(読者)が1番理解している、と思わせる事が出来るのです。ま、何度も何作も読まなくてもイイとは思いますし、通過儀礼としては通っておいた方がイイと思うので。

それにしても韓国映画の水準の高さ、新たな表現は本当に凄いですね。今作で感じた新しい野蛮表現、これをしている人は流石に普通じゃない、と見ている観客に分からせる表現として、建設途中のゴルフシーンを指摘しておきたいです。これは初めて観る、そりゃ悪い人で、しかも文句を言われないくらいの権力の持ち主、という表現だと思いました。絶対死人が出てもオカシクナイし、凄く、人の死をどうでもよい人にはゴルフコースでゴルフをするよりも爽快感がありそうに、見えました。

それと、ファン・ジョンミンさんは、あの映画「コクソン」の祈祷師役!と知った時の衝撃!同じ人に見えなかったです。俳優さんとして、凄い。

韓国映画が好きな方に、オススメ致します。

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