井の頭歯科

「偶然と想像」を観ました

2022年1月7日 (金) 09:26

濱口竜介監督     Incline

昨年観た「Drive My Car」(の感想は こちら )も素晴らしかったのですが、短編集映画を観る、久しぶりですね。

濱口監督自身による脚本の短編3つの連作です。短編集映画を観るのは数少ない経験ですけれど、非常に濃密であり細部にまで配慮された素晴らしい映画体験でした。小さなお話しだと思います、どれも。ですが、物凄く丁寧に積み上げられ、自然に見える演技で本当に素晴らしいです。

映画が好きな方なら是非のオススメです!で、以下蛇足ですが、少しだけネタバレ無しの感想をまとめてみたくなりました。

第1章 魔法(よりもっと不確か)

モデルのメイコは現場を終えてスタイリストであり親友のツグミとタクシーに乗って帰宅するのですが、その車内でツグミは急に最近出会った男性の話しをし出して・・・

第2章 扉は開けたままで

大学のゼミで突然土下座をする男。教授と思われる男は、扉は開けたままにしておくように指示するのですが・・・

第3章 もう1度

数十年ぶりに同窓会に出席するために仙台に来た女は同窓会では特に会いたい人がいなかったようで、失意のうちに仙台駅から帰京しようとエレベーターに乗るのですが・・・

どの作品も、役者の演技、脚本の素晴らしさ、会話の妙、関係性の移ろい、大変細やかな配慮がなされた傑作だと思います。そしてこの3章に同じように大きく根底で流れているのが「偶然」と「想像」です。凄いタイトルと短編集にしようと思った濱口監督が本当に凄い。

基本的にはエリック・ロメールっぽいとしか言いようがない会話劇です。どの作品も、です。

久しぶりにエリック・ロメールが観たくなりました。パリのランデヴーについて思い出しました。

アテンション・プリーズ!

ここからネタバレ有の感想になりますので、未見の方はご遠慮くださいませ。

ネタバレありになると脚本が上手い、非常に練られている、と思わずにはいられません。まず、なんと言っても掴みの1話目の物語が転がっていくそのきっかけ、偶然、そして結末、この1話だけなら、もうミヒャエル・ハネケ監督作品の「ファニー・ゲーム」としか言いようがないです。こんなに拘ってしまうのは、私が登場人物のメイコが恐ろしいからです。

まず、この人は何を考えているのか?全然理解できない恐ろしさがあります。言葉は良くありませんが、凄い自己中心的で支離滅裂で絶対に近づきたくない人間です。

親しい友人の恋人になりそうな相手が、自分の元彼だと分かったからと言って、相手の仕事場に、夜中に行きますでしょうか?迷惑です。しかも、自分の元彼が新たな相手(それが親友であるなら余計に)に近づいていると知って、急にその元彼に自分の訳のわからない感情を投げつけ、しかも自分が元彼ともう1度寄りを戻したいわけでもなく、自分の事を1番に思っていて欲しい、という欲望、いや欲望というよりももっと薄汚い感情だと思うのですが、その感情を整理してもいないのに押しかけてきて、自分の都合の良いようになってくれ、という、もうさっぱり訳がわかりません。気がふれている、としか思えません。

しかしこれは監督のキャラクタライズが素晴らしいのであって、こういう人物であればこそ、このお話しが生きて動く訳です。もちろん素晴らしいことですけれど、この論理が通用しない、という人間を見ると私は恐怖に陥れられます。怖い。そしてこれが美貌のある人であれば、もっと怖いです、見た目に騙されてしまうからです、そしてそれが酷い差別だと分かっていても、もっと若かったら欲望に素直であったらと考えるとより恐ろしいです、自分でも自分が理解できなくなりそうで。

元彼役の演者さんの演技も良かったです。メイコ役の人の演技は、全然演技なのか観察できなかったくらい怖かったです・・・でもこの主役のメイコが物語のエンジンを担っています。恐ろしいエンジンですけれど。

2話目の話もかなり秀逸です。

まさかのハニートラップです。そんな言葉やそんな現場を見る事になろうとは、映画の雰囲気や1話目からま全く想像出来ないのですが、また、ここに欲望に忠実な女性が出てきます。そういう人って男性の都合の良い想像上の生き物だと思っていましたが、まぁいますよね、きっと。身近にはみた事ないですけれど。

この女性と教授の会話の妙が素晴らしいです。緊張感があるのに笑いが起こるのです。あまりに教授がよくわからない人に描かれていますけれど、理解はできる。そして、ここでも主役であり、物語を転がしているのは、女性なんですね。5年後の邂逅でも、最後に急にやはり主導権を取り戻しています。

この女性を演じているのが森郁月さんという方なんですけれど、この人が本当に様々な表情を見せてくれるのですが、ちょっと驚きの女優さんです。上手い、いや自然!そして振れ幅が大きい。そして目立たないのに、時折見せる魅力的な眼差しが印象に残り過ぎる!凄いです。

受け手である教授役の渋川清彦さんの渋さもすごくいいです。淡々とし過ぎていて、そこに違和感を感じさせるのが上手い。そして、私より年下でした・・・本当に生きててすみません、私。

多分肝となるのは3話です。

これこそ、偶然と想像が最も必要な物語です。そして絶対に、無い、と断言できない、緩やかな協調を協調を基にしている女性(もちろん緩やかに協調を基にしている男性もいますし、そうでない女性もいます)同士の、その優しさだけではない緊張感、その緊張感からの生活、その生活の上でのある瞬間に飛び出す存在への違和感、この流れが自然で素晴らしいです。会話劇で全てを会話で説明しているようで、実は全然説明していないし、想像させることを間違いなく意識して計算されているように感じました。本当にエリック・ロメールみたい!という事でパンフレットを読むと、ええ、エリック・ロメールの編集してた人との対談からこの映画の企画が始まってる!しかも7話構成!ええ!っとなりました。そりゃ、私如きでもロメールを「想像」する訳ですね、本当に濱口監督凄いですし、完全に手のひらの上で踊らされてます、私。

ここでも、物語を動かすのは女性なんですけれど、その受けに廻る河井青葉さんの演技も、森郁月さんと同じように、自然で、すごく存在感を感じます。友人のお母さんで絶対にみたことがあるゆとりを感じさせる、周囲の時間の経過の仕方が1人だけ違う人に、見えるんです。もちろん演技なんだと思います、思いますが、そういう人に見える。これは、濱口監督の「Drive My Car」で濱口監督が主演の西島秀俊さん演じる演出家に演じさせた演出方法を、繰り返しやったに違いない、と思わずにはいられないのです。

たいへん狭い世界の話、と言って仕舞えばその通りだと思います。思いますが、その狭い世界の一瞬に、とても映画的で贅沢で濃密な時間が見れます。

7話構成ということですから、今から続きが楽しみです。



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