井の頭歯科

「地面師たち」を観ました

2024年9月13日 (金) 09:14

 

大根仁監督     Netflix
2024年公開映画/2024年に観た映画  目標 36/100です。 現在は26/86
音楽は凄く良かったし、流石Netflixちゃんとお金をかけている。調べてみたら卓球さんでした、納得。
まず、良かった点。
ちゃんとお金かけてる!
ケイパーものでちゃんとしてる!
役者が豪華!
メフィラス外星人、泉修一も頑張った!
以上!大根さん面白い作品多いし、今作も決して悪くないけど、脚本が・・・これ原作どうなんでしょう・・・
でも、脚本が、というか、ラストが勢いだけな気がします・・・
基本的には、Netflixってその国の製作者にお金をそれなりに渡して、独自表現をして貰い、海外でも受けるようにして、儲けを出す仕組みに見えます。で、同じ環境で「全裸監督」一定の成功のを収めていますけれど、今作はどうでしょう?恐らく海外ではコケると思います・・・そもそも雑。特に脚本。
出演者に役者の中でも好きな人がいるなら、オススメです。
アテンション・プリーズ!
ココからはネタバレ、の感想になります。
しかも本作が好きな人には不快な表現が多数含まれます。
この世界にはたくさんの有意義な事柄に溢れていますし、基本的に否定的な何かを読む事に意味は薄いと思います。
ですので、基本スルーして頂けると。
以下はネタバレありの感想です。
で、大根監督の好みなのも分かるし、乗せる、この世界観に没入させるのはちゃんとしていて乗れる。問題は乗った後、確かに、世界観の入り込めたら、些細な事は気にならなくなるんだけれど、それが後半、あまりに多くなり、物語の登場人物たちの伏線回収が飛び抜けたところまで行ってしまい、興醒めしてしまう・・・
マキタスポーツさん演じる不動産業者を、殺害する理由は、多分無くて、それこそハリソンの趣味の領域だけ、ですよね・・・日本の警察の鑑識能力がこの程度とは思えないですし、基本的スリルジャンキーや極限状態の人間観察が趣味なら、恐らく自分の手でやる事に意味があるのではないか?と思うのです・・・それに何でもかんでもライブカメラで観過ぎ、そんなにたくさんの場面を観察しているなら、監視しているなら、それだけで手いっぱいなはずですよ・・・昔の刑事にまで・・・これもご都合主義に見えます。
ピエール瀧さんに関西弁喋らせる必要あったのかな?普通に関西弁を喋れる人キャスティングで良かったのでは?
綾野さんがわざわざホストクラブに入り込む必要ありましたかね?凄く間接的。もし簡単に拉致監禁出来るなら、拉致して置けば良かったのに・・・
それと北村さんの役の人も、空港のトイレでって・・・それは早急過ぎませんか?警察は何を?とどうしても考えてしまいます・・・
女刑事も、場所が特定されてるなら、もっとそのビルを調べたり任意同行求めれば?
恐らく、小説、というかドキュメンタリー作品とはそれなりに違うのではないかと思いますけれど、まぁ原作を読む時間が無いのと、そこまでの興味が無くて・・・
キャスティングは良いですし、役者さんは全員頑張ってる。そして、オーバーアクションなのも、監督の求めに応じた演技なんだからしょうがないと思います。
ハリソン中山、個人的には、小物感しかないのは、PSYCHO-PASSの槙島聖護と泉宮寺の関係を観ているからで、生の実感を得る為の、スリルジャンキーと言う意味での小物感がするわけです。だってスリルジャンキーだったら、自分で最も危険な役目をしようとするはずなんです・・・ハンティングも泉宮寺な感じ、その返り血を浴びて興奮とかも、既に何度も出てきているサイコパス表現で、真新しさと言う意味で新鮮では無かったです・・・もちろん演じている豊川さんは凄いんですけれど。
それと、どうしてもダメなのが、死体処理、拉致という仕事をしている人がみんな同じ服装で目立ちすぎ・・・いくらなんでも、そんなに簡単に街中で刑事を拉致はちょっと・・・その後は推して知るべしで、ドラマ的なタイミングで、イイ感じに拉致や殺害・・・最後は街中だろうがもうどこでも何でもOKな感じ・・・この人たちの給料の方が高いのでは?と思ってしまいます・・・
最後に刑事が乗り込んでくるタイミングもそうなんですけれど、何で今?どうやって?が不明なんですよね・・・この刑事役の人、これ女性にする必要あったんでしょうか?凄く違和感ある。ここまでやり込むなら、男性のおじさん役でも良かったのではないでしょうか・・・それと、演技の問題もある・・・
手下の大男の突入の突然すぎる・・・
もう少しラストを勢いでやらないで欲しかったなぁ・・・
それと主人公の拓海さんの心変わりが全然納得出来ない・・・それに車は買い替えるべきだし急いで住居も変えないと・・・割合仕事遅ないか?
あと、女の刑事、これは絶対ミスキャストだと思う・・・普通に男性でお良かった。この人だけ演技が浮いてる・・・
まぁでも暇つぶしにはなります。
主要登場人物
ハリソン中山、綾野、ピエール、北村、小池栄子、マキタスポーツ、リリーフランキー、最初のなりすまし役の老人、何でも屋さん(猫好き)、女刑事、ホスト、北村の手下の大男、メフィラス外星人、とざっと13人のおおよそ主要人物がいて、生き残ってるのは、ハリソン、綾野、何でも屋さん(猫好き)、女刑事、の4人だけです。
戦争映画でもなかなかな人数・・・やりすぎ・・・

「A子さんの恋人」を読みました

2024年9月10日 (火) 09:14
近藤聡乃著     KADOKAWAコミック
ラジオでオススメされていたので手に取りました。私は昔阿佐ヶ谷在住だったので、より親近感を持ちましたし、中央線の中で住みたい街では個人的№1です。
新しい少女漫画だと思いました。
少女漫画に詳しくないのですが『普通の少女が、自分でも自覚していない魅力を、複数のタイプの違う異性に見いだされる。ときめきが大切』な話しと認識しています。最近はBLという分野もありますし、異性とは限らない世界に突入している感もあります。
これが少年漫画だと、めちゃ単純に『努力、友情、勝利』なわけです。最も、少女漫画の対象年齢、少年漫画愛好家の年齢など、どんどんカテゴライズする意味は失われてきていますけれど。
で、その新しいタイプなんだと思いました。29歳の女性を少女と呼ぶのか?という問題もあるかと思いますが、それを言ったらどんなに年齢を重ねたおじいさんでも少年の心があるように、女性にも少女玉のような少女性の凝縮された何かがあると思います。少女玉っていう表現始めたの誰でしたっけ?森茉莉でしたっけ?佐野洋子でしたっけ?玉も魂だったかもですけれど。まぁ男性は年齢を重ねたからと言って成熟するか?の確率はとても低くて、それだけ馬鹿でいられる社会なんですけれど、女性は多分そうはいかない社会なので、今も変わりつつあるけれど、まだ全然でしょうし、出来れば男性も成長しないとイタイ目に会うように成熟して欲しいとは思います。
A子さんには日本には縁の切れなかった懐に入るのが上手いA太郎がいて、アメリカには懐が深いA君がいる状態で、これは自主的に選ぶのであれば答えは決まっているのでしょうけれど、そこをディティールで補強してどちらに転ぶかワカラナイ状況にするところが上手いです。絵は高野文子先生の「るきさん」を考えていただければ間違いないです。
周囲の人間も、硬めのK子さん、やわめのU子さん、典型的なよくいるI子さん、とキャラクターがいろいろ分かれていて面白いです。
しかもセリフもかなり洗練されています。地域的に、阿佐ヶ谷、千駄木、谷中、上野辺りに興味や住まいがあった方に、オススメします。

「東京裁判 4Kデジタルリマスター」を観ました

2024年9月6日 (金) 09:43

小林正樹監督     講談社     モーク阿佐ヶ谷
2024年公開映画/2024年に観た映画  目標 36/100です。 現在は25/84
敗戦の日に観ました。
映画の感想としては、みんな観た方が良いですよ、かなりフラットですよ、で終わりです。
ただ、今までの総決算的な、私にとっての映画だったので、徒然なるままに。長くなりそう・・・
私は基本的に、自分で考えさせてくれ、資料を基に。という考えです。もちろん現在の状況含む、過去の出来事の全てを理解している訳では無いですし、基本的にすべての出来事は、誰が、どの方向から観たか?によると思いますが、多角的な方がより良い、とも思います。信じる、を基本的に嫌いますし、信仰はかなり目を曇らせる事になると思います。
だから、いちいち言葉が気になりますし、主語が無い事でふわっとさせるのが嫌いです。日本語はそもそもふわっとさせる言語なのではないか?と思いますし、ハイコンテクストで、主語を入れないでも、雰囲気で分からせる言語としての能力が高いと思います。そういう風に出来ている・・・責任の所在をはっきりさせない文化・・・
いちいち検証が個人的な納得が済むまでは、あくまで現在の個人的回答であって、それだって新しい事実が理解出来れば、更新される、あくまで途中の、中腰の状態ですし、恐らく死ぬまで本当の事はワカラナイと思います、はい、面倒な性格です。
だから保守的ではないと思います。最も、保守を自称する人のほとんどが、保守と言ってる私が好き、な人で、保守主義で生きているのも大変に厳しく辛い事だと思いますけれど、人の事はどうでも良いです。ただ、話し合うのであれば、相手を、基本的には尊重して、話し合いたいです。同じホモサピエンスなんだし。国籍なんて後から作ったものだし、言葉でさえ後付けの文化のひとつなのに、完全な訳だって存在しないとも思います。本当に難しい。
今までに読んできた、様々な先の大戦に関わる文章、そして映画、いろいろありましたけれど、その集大成的な作品でした。
かなり私はフラットに語られているドキュメンタリー作品だと感じましたし、謙虚さもあります。しかし、ドキュメンタリーだからと言って、完全な嘘はつきにくいけれど、観客の考えをある方向に向ける事は出来る芸術作品だと思っています。監督はその点についてかなり厳しく注意をして、この膨大な資料映像を、1本のドキュメンタリー作品に仕上げています。
日本の夏は、どうしても先の大戦を想う夏になりますし、毎年いろいろ手に取る時期もありましたが、段々と読書が難しくなり、目も衰えて、ついに老眼になりました・・・そんな私が2024年の8月15日の敗戦の日にこの作品を見れた事は大変良かったと感じています。今までいろいろ書籍を読んできて良かった、という感慨にふける事が出来ました。
終戦ってなんだよ、ただの負けた日なのでは?進駐軍ってなんだよ、占領軍なのでは?こういう言葉のごまかしが非常に多いのも特徴だと思います。自衛の戦いなら負けたらダメだし、言い訳しても仕方ない。なんなら講和じゃなく無条件降伏、完全な負け。この無条件かどうかに拘泥しているプライドのかけ方の私から見たら変わった方々もいると聞きますが、条件が一つ二つあったとして、ここまで負けてるんですから、ほぼ完敗で同じじゃないですか?
戦勝国が敗戦国を裁くのであれば、こういう結果は確かに。そこに裁判の公平性を鑑みても、未だ完璧には程遠い現実の着地点として(前例は僅か数カ月前のニュルンベルク裁判しかない)、この結果を受け入れざるを得ないです。茶番だとして(私も茶番だと思います、ある意味)も、その茶番をするに至ったのは、負けたからです。負けた現実を認められずに茶番に文句を言うのはオカシイ事だと思います。
そもそも満州国を作る事でロシアの南下を防ぐと言ったみんな大好き石原莞爾は、その劣化版が同じ事をする事さえ見抜けなかったし(なんで自分は良くて他の人はダメなのか?そのやり方を見せたらやる人が出てくるし、基本軍旗を乱しているわけですよね?正攻法では無かったですよね?)、なんなら世界最終戦争だって起こってない。
特攻という行為、作戦を考えた人のその後を考え、例えその人物が割腹自殺をしたとしていても、作戦で亡くなられた人は生き返りませんし、その効果がどうだったのか?を考え調べてみると、なんとも悲しい数字が残っているだけだし、そもそも、その上で敗戦している訳です。
この作戦の実行者に過大に共感しても、それと結果は別なのでは?と思う訳です。この作戦で亡くなられた方を悼む気持ちは私にもあるし、その気持ちの大きさや量を測れるわけでもなく、それよりも、その結果が敗戦なんだという事実をどう考えるのか?が重要なのではないかと思うのです、でないと有名作家がロマンティシズムに浸りまくった死をタイトルに入れて「俺は君の為に死にに行く」みたいなことをいいだすわけです・・・結果、その君が生き残ったのかどうかは本当にその作戦で違ったのか?は全然別の事なのではないか?と思うのです。もちろんそういう小説(まあ嘘ですけどね)を読んで感動する人が居ても良いですけれど。
そして、これもいつも思う事ですが、日本の民間人も被害にあってはいますけれど、他国の民間人にも多数の被害者を作っていて、その加害性には全然触れられずに、あくまで被害者の面だけで語られるのは本当にどうかと思うし、作戦立案を担当するエリートの失敗なのか?不明ですが、その作戦実行の能力が足らないのかも不明だが、そもそも戦死者の何割が餓死者なのか?の数字だけでもかなりの衝撃だと思います。
さらに、自国民を検閲し、その権力をかさに着て暴力や横暴、私腹を肥やした輩の存在も語られています。
民間人の日記、特に文筆家であったとしても、開戦に喜びの声をあげ、神州とか竹やり訓練とかを考えると、火炎放射器や機関銃や爆撃機にどのように立ち向かったとして、目も当てられないのではないか?と思う次第です。そりゃ米国兵だってこの戦争で死にたくないですけれど、もしご聖断が無かったら、というIFを娯楽として楽しむのは良いですけれど、現実は負けて終わったんですし、そのIFに乗るなら、命令があれば、多分損害が大きくとも、作戦を遂行するでしょうね。
そもそも民間人に正確な情報が下りていないのも大きな原因ですし、大本営発表の数字のズレについて(ズレっていうか故意の希望)も信じる(客観性が担保出来ない・・・だから信仰になってしまう)しか無かった状況で、その状況を望んだ(は言い過ぎかもしれんせんけれど、有権者がある程度の責務があるとも言えませんか?今だって、同じでしょ?)国民の責任も多大にあると思います。それに唯一対抗していたのが、共産党なわけで、この事の悲劇性も大きいと思いますね。
この映画でも描かれていますけれど、実際、戦勝国が敗戦国を裁くのではなく、自国民が何故この結果に陥り、何が問題だったのか?という事について、戦中に牢屋に入っていた人たち以外で開かれた場を設けているのが少なすぎますし、座談会(有名なのもあるし同名の映画は傑作)はあるんでしょうけれど、自国民でその加害性についての検討や、失敗の分析をしていない気がします・・・多分最も必要だったのがこの作業で、これをしないから、被害者の意識だけになってしまう・・・パル裁判官の言葉の、言葉だけを浅く受け取って悪くなかった、良いこともした、という部分だけに縋るのも本当にどうかと思うしパル判事の態度には尊敬に値する事と、加害性を無視して良いこととは別だと思います。
もし本当に良いことをしていて、それでも国策で、教育で、洗脳に近い教育をされているのだと考えているのであれば、凄く了見の狭い考え方だな、と思う訳です。中村哲さんの様な方が居た事を洗脳だけで変えられるモノでしょうか?民間でも語られているでしょう、酷い事をすれば当然。良いことをしても当然です。
玉砕攻撃やススメ一億火の玉になったとして、敵を心胆寒からしめたとて、全滅してしまっては、領土を完全に失っては生きて行けてないです。さらに、天皇陛下のご聖断が無ければ、もっと酷い結果になっていたとしか思えないのに、その玉音放送を食い止め徹底抗戦をしたい将校軍人がいる、という事は軍の統制が取れていない、という事になります。
そして昭和16年当時に総力戦研究所が既に敗戦を予告している訳です。合理的に既に負けているし、なんなら4倍くらいの差があったのに、この映画の裁判でも裁かれている男は、4倍くらいなら気力で何とかなる、と言っていたわけで、気力で裁判結果を変えて見せて見ろ、とは思うのが当然のような気がします。
戦陣訓を書いた人が、結果どうだったのか?はこの映画内で描かれています。勇ましい事を言うのは簡単ですが、言った人がどのような結果であったか?その戦陣訓を守って何人くらいの人が亡くなられたのか?について考えると、非常に重い暗い気持ちになります・・・
東京裁判は意味が無い、そもそも公平ではない、茶番だ、というのは気持ちのイイ事でしょう。でも、それでも、この極東軍事裁判を受け入れて(というか敗戦国で占領されてるので、それしかない)ないと、サンフランシスコ講和条約を履行できないことになってしまいますよ・・・という事は国際社会に入れてないわけで(もちろんロシアとは未だにだからこそ、北方領土問題が存在する)経済復興も出来なかった世界に行くわけで、それはないな、と思いますし、現実に受け入れているわけです。
なんだかんだ言ってもアメリカの凄い所は結局自治を促しつつ、コントロール下に置いていて、それは戦後ずっと続いていているわけで。憲法を書き換えると独立国家として、とはならないと思いますよ。アメリカから見たら、別に変わらないと思うし、そこに拘泥しているよりはやる事が他にあると思いますし、そろそろこの辺で変えておいても良いけれど、凄く、憲法の事分かってない人たちが変えるのは恐ろしいと思います・・・緊急事態条項なんて、そんなに急いで帰る優先順位の高いものかな?自衛隊の明記くらいじゃないですかね。
ながなってしもうた・・・

「イエスタデイ」を観ました

2024年9月3日 (火) 09:08

 

ダニー・ボイル監督     ユニバーサルピクチャーズ     Netflix
2024年公開映画/2024年に観た映画  目標 36/100です。 現在は25/83
親しい友人から観てくれ!という強いプッシュがあったのと、そう言えば以前も別の友人にオススメして頂いたことがあるな、と思い出したので、すぐに観ました。
海辺の街角で恐らく、自分の作詞作曲のサマーソングを歌う男性ジャック・マリック(ヒメーシュ・パテル)と、それを見つめるマネージャーの女性エリー・アップルトン(リリー・ジェイムス)は・・・もうどうでもいいや、という冒頭です・・・
アテンション・プリーズ!
私は非常に偏屈な、心の狭い人間です。が、これは無いんじゃないかな?と思いましたし、この映画を楽しめる人の気持ちが想像出来ません。
この後はネタバレありの感想ですし、基本的に愚痴に近い悪口です。
ですので、他人のそんな文章を読むよりも、有意義事はこの世界にはたくさんありますので、この先は興味のある方、かつ、心の広い方だけ、お読みください。
すみません、3日ほど感想を書くの寝かせているのですが、割合怒りが収まりません・・・
なので非常に不快な文章になりますし、この怒りをフラットな感想にまとめる努力もしたのですが・・・映画鑑賞後にすすめてくれた友人と急遽感想戦を行ったのですが、彼は数日前に観ていて、割合冷静になっているのに、私は3日も寝かせたのに、より寝かせた事で怒りの度合いが高まってしまいました・・・
不快な文章を読みたくない方、資本を投下して作品を作り上げ、あまつさえ映画館でかかり、それなりにヒットした作品にケチをつける私は何も産み出したことが無いダメ人間の戯言なので、読みたくない方は避けてください。
私は注意を喚起しましたよ。
まず、設定として、世界中の電力が謎の停電を起こし12秒間だか、停電します。その事で、ビートルズとコカ・コーラとタバコとオアシス辺りは無かった事になっています・・・
えっと、停電というか(だって電池とか車のバッテリーとかまで)謎過ぎて意味不明なんですけれど、まぁ乗っかる事にしますけれど、それと、どう、ビートルズ(含むコカ・コーラやタバコやオアシス)が関係あって皆の記憶から消えたのかの関連性がワカラナイです・・・
でも、まぁ、そういう映画だとしましょう・・・
で、ここから、ある程度、ビートルズに対する謙虚さ、感謝、盗作に対する自責の念とか、そういう感情とどう向き合うのか?と思ったら、ビートルズに対する物凄く大雑把な、雑でツッコミどころしかない、適当な感情で、私程度のビートルズに対する興味であっても怒りが収まらない適当な態度が延々続きます・・・特に、まだ生きているポール・マッカートニーとリンゴ・スターには失礼極まりない扱い、確かにクワイエット・ビートルとは言われているけれど、そのジョージ・ハリスンの作詞作曲であるHere Comes The Sunをこれだけ劇中で使いながら、ジョージ・ハリスンという単語が発せられたのは1回だけですよ・・・
物凄い雑。というか馬鹿にしているのだと感じましたし、ビートルズの、いやさレノン・マッカートニー作詞作曲とかジョージの曲とか、いろいろな事に目をつぶらないと映画に集中出来ません・・・凄いバカにしていますよこれ・・・怒って良いレベルに達していると思います・・・
で、じゃ何が描かれているのか?と言えば、歌手とマネージャーの恋愛劇です。で、この恋愛劇が、ビートルズに対しての態度をさらに輪をかけて馬鹿に見えます。
紆余曲折や行き違いにそれなりの意味があれば、まだ少しは擁護したいのですが、寝言は寝てから、というくらいに、ただはっきりしない、だけです。友人枠に収まった後で恋人枠にはいるのは、下がった後に上がったから、落差が大きく、それだロマンティックで劇的というのであれば、もうみんな好きにすれば良いと思いますし、恋愛って頭に虫が沸いている状態なので冷静になれば、そして慣れれば、何の事は無い日常になる事をほとんどの人は知っているのに、もうそういう若さで馬鹿さを当たり前にする年齢は過ぎているのに!まだやるか!と言う感じで、馬鹿に見えます。
そして最も醜悪なのが、この映画の中には主人公と同じく、ビートルズの音を覚えていて、主人公に話しかける人が2名出てきます・・・
この2名が何を言い出すかと思えば、盗作した主人公に対して、歌ってくれてありがとう、と言い出すんです・・・どんだけ世界を自分の思い通りにしないと傷ついてしまうんだよ・・・そこに自我はあるのか?世界にもたくさんの人が居る事への客観性は無視か!
その上、それっぽい感じで生きているレノンは出してくるんですよ・・・で、このレノンも何が何だかワカラナイ男である主人公が訪ねてきても、優しく受け入れて、ハグし返して、主人公を甘やかすんです・・・
あ、これが異世界モノという奴か!と友人と話して合点がいったところで、余計に腹立たしくなりました。
はいもちろん私が前期高齢者である事も、ナイーブな感覚やセンシティブなセンス、感受性が衰えたただのクズの戯言感想なんだという自覚はありますが、ここまでビートルズという大きな存在を、例えば新しいマネージャーが今までのロックの概念を変えただの、薄っぺらい言葉で持ち上げるの、凄く嫌味な事になってると思うのですが・・・
もっといろいろ言いたい事もあるのですが、世間様の評価は結構に高く、みんな単純に映画として音楽として恋愛として楽しんでいる訳ですし、自分の好きな作品に対して前期高齢者がなんかぼやいてて、老害!という事なんだと思います。
でも、もう私はダニー・ボイルはそういう奴枠に入ったので、まぁ見ないと思いますお互いの為にも。
しかし、すげぇ自分に酔えるんですねぇ。
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