春日 武彦著 新潮文庫
あの!精神科医春日 武彦さんが書いた、それも精神科を舞台にした小説!これは読まずにいられません!内容がまた、非常に春日 武彦臭の強い、良い意味でも悪い意味でも好き嫌いの分かれる作品かもしれません。が個人的には非常に面白く読みました。当然ながら、既に続編が気になります。
東京から多少離れた新幹線停車駅がある程度の田舎の町にある五百頭病院に15年間完全に無言でいる(ずっと無言でいる状態を「緘黙(カンモク)」という)患者新実が入院してきます。結構ないわく付きの患者ではありますが、五百頭病院の病院長(一癖あり)からの直々のご使命で精神科医津森が担当医となり治療にあたるのですが・・・というのが冒頭です。
まず、導入の不穏な感じが、強く読者を引き込み、その上割合感情移入しやすい(春日先生からするとステレオタイプでありながらも多少ともそこからズレる部分を挟みながら)キャラクターたちを魅せ、そしてこの「緘黙」男新実の素性がまた胡散臭く、しかしこの「緘黙」の原因を推理して真相が知りたくなる、というフックも強い仕組みになっていて、かなりグイグイと引き込まれました。大きな主題である「緘黙」の謎を追いながらも様々な事柄が差し込まれ、その辺が妙にリアリティある小噺にもなっているというのも面白いです。春日先生臭(なんか悪い表記に見えますけれど、強く惹かれていますし、もちろん良い意味で使ってます)が相当濃く表れています。
主要3人の登場人物の分かり易いとっかかりは出しながらも、しかしそれだけでないキャラクターの奥域の出し方、その感じさせ方が、まさに春日先生だと思いました。
そして当然ながらも「緘黙」者である新実のキャラクターが秀逸。謎解き部分の2重3重底のこの「どうしようもなさ」に現実との地続き感が醸しだされていて、個人的にはヤラレマシタ。
あの、と言っていいと思いますが、春日先生の小説ですから、当然素直な話しじゃないのは織り込み済みですが、読後の感想としては、もう唸るばかりでした。現実味ある、しかしそれだけではない虚構と言いますか、こうであったら、という部分を差し込みつつ、しかし「そうは言っても現実って得てしてこうういうものだよね・・・」的な展開に唸らされました。小説だからこそのカタルシスを安易に求める人には向かないかもしれませんけれど、春日先生の本を某か読んでいらっしゃる方であるならば、またその中に面白いと思わせる本があった方ならば、強くまたは、この日常の中の生活や暮らしの中で見出されるキッチュな出来事の意味を考えさせられるという確認作業が好きな方にオススメしたい1冊です。
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