井の頭歯科

「めし」を見ました

2013年8月30日 (金) 09:02

成瀬 巳喜男監督       東宝

「乱れる」があまりに衝撃的だったので、成瀬監督作品を見たくなり、借りてきました。ずっと前のことですが、ヴィム・ヴェンダース監督が(いろいろ名作多い方ですけど、私は「夢の涯てまでも」が好きな作品です)日本に来たら成瀬監督作品のDVDが買えると思っていたのに全然無くてがっかりした、という趣旨の発言をしていたことがあったと思うのですが、今はちゃんとDVDになっていてくれて嬉しいです。近所のレンタルビデオショップには、見たい映画でVHSしか無い作品があります(「ソイレントグリーン」とか「わらの犬」とか「惑星ザルドス」とか・・・)ので、DVDになっていると嬉しいですね。

大阪に住む三千代(原 節子)は夫(上原 謙)との2人暮らしです。しかし夫の仕事は忙しく、三千代は主婦業の繰り返される毎日に辟易としつつあり、いわゆる倦怠期が訪れているようです。そこに突然夫の姪の里子(島崎 雪子)が現れて生活に波紋を投げかけるのですが・・・というのが冒頭です。

原作のあるものですし、その原作を読んでいないので分からない点も多くあるとは思いますが(ウィキ情報ですと、絶筆の未完の作品なので成瀬監督が結末を考えたみたいです)、女性の視点、主観、そして客観性にも十分に配慮した作品だと感じました。

原さんと言えば、もう小津作品のヒロインですし、とても綺麗な方であるのに、この作品ではとても生活感あふれる、『生活の普遍性に疲れた、主婦』というイメージと離れた役どころであるのに驚きました。当時の主婦業の煩雑性にも驚かされます(逆に言うと現在は本当に恵まれた時代ですよね)が、原さん演じる三千代と他の人物の関係性の妙が素晴らしく面白いです。
さらに夫役の上原さんのとても所帯じみた感じと、言いたいこともいろいろあるけど言い出すタイミングも逃し気味だし、取り繕い方も上手くない朴訥な感じと、多少女房にどう思われようと構わない(と思っている強がった部分を見せたい)と思わせたい感じの雰囲気を醸し出すのが上手くて素晴らしいです。

里子、というある意味トラブルメーカーの存在を遠慮なく演じた島崎さんもなかなかの好演だと思いました。しかし、正直お近づきには決してなりたくないタイプのキャラクターです。が、こういう面があるのも女性的な一面と言えなくもないと思います。

そして男性の、こういう人いる、と思わせるのが三千代のいとこの竹中役です。非常に上手い演出をされていると思います。男性的な特徴を表していると思います、良くも悪くも。

また、当時の暮らしを垣間見る楽しさ、という部分もあります。なかなか今からは想像しにくい暮らしに見えました。

ただ、好みの問題かもしれませんが、もちろん、この作品も面白く、もう1度いつか見ようと思っていますけれど、「乱れる」の衝撃を超えるものでは無かったです。

成瀬監督作品が好きな方、原 節子が好きな方に、原作の林 芙美子さんがお好きな方に、オススメ致します。

アテンション・プリーズ !!

やはりネタバレもありつつ感想をまとめたい部分もありまして、未見の方はご遠慮ください。

三千代を主軸に、その夫である上原の、姪っ子可愛がりの、その場その場の対応のギャップに表される疎外感の、今までの努力を徒労感に変えるであろう接し方の関係性、そして姪っ子の自由奔放と言うよりはさらに進んだ我儘で傲慢な態度とそれを許されてきた、スポイルされた姪っ子との関係性、そして姪っ子が来たことで家庭内の空気が変わり、そのことで、より鮮明になる些細な齟齬を(おそらく異性と付き合った事がある方であるなら誰しもが経験しているであろう事)を浮き彫りにします。

夫という家族でもある近しい人間を、それまで知っていたはずの人間が知らない人間に見えるかのような、場面に遭遇したり、里子という姪っ子と接することで、無鉄砲で無遠慮な、しかしそれを許される若さを自分は失いつつあることを気が付かされ、気持ちに余裕がなくなっていく様がデリケートに描かれていてリアルです。丁寧な描写と出来事の積み重ねで、より説得力を持たされます。

また、いとことして出てくる竹中という人物の、一見人柄良く硬い仕事があり、さらにジェントルマンのように振る舞っている人物との関係性の推移(本当に竹中という人物像のリアルさは男だからこそ身につまされる!)、母親(杉村 春子)との関係性、そして旧友たちの現在置かれている状況を知りつつ、考え方が徐々に変わっていく様は、この映画の落としどころを良くも悪くも予感させてくれます。割合よくある結末であり、しかし、この間の試行錯誤の結果、という体験を通しているからこその納得があります。十分現代にも通じる女性の問題を表していると思います。今でこそ手垢のついた解決策でしょうけれど、案外最も現実的な解決策にも感じます。

ウィキ情報ですと原作ファンの結末への違和感、分からないでもないのですが、映画としては個人的にはこちらの方が理解できますし、映画として良いと思います。なにしろ帰路につく二人の会話はそれほど噛み合ったものに見えませんし、夫は変わらず夫であるのですが、三千代は様々な経験をしたことで覚悟が出来たように見えます。だからこそ手紙も破けたのではないか?と。結末が気に入らなかった人は「風と共に去りぬ」を見ればいいと思います(私の個人的な意見ですが、どうして「風と共に去りぬ」が名作なのか?ちゃんと理解できません・・・)。

“「めし」を見ました” への4件のフィードバック

  1. ぽめたん より:

    成瀬巳喜男ワールドへようこそ(笑)。

    女という生き物について知りたい方は、成瀬映画は必見です。

  2. inokashira より:

    ぽめたんさん!コメントありがとうございます!!

    女という生き物、本当に男である私とは違った生き物なのだと感じます、いろいろな意味で。

    で、もう少しだけでも理解できないものか?と思ったわけではなく、ただ単に「乱れる」が凄すぎる映画だったので。

    実は「浮雲」も見たのですが、これが感想になかなかまとまらないんです・・・成瀬監督の代表作と言われる「浮雲」は私にはあまり理解できなかった作品なのかもしれません。

    私が女じゃないからなのか、汲み取る意識が低いからなのか?悩んでます、なんで理解できなかったかについて考えているところです、そういうモノを言葉にしてみたいんですね。

  3. ぽめたん より:

    そう、「浮雲」は傑作と言われていますが、
    私はそれほどグッとこなかったな~。
    どうしてかはわからないけど。

    「流れる」「鶴八鶴次郎」「あらくれ」「晩菊」「あにいもうと」……。
    すばらしい成瀬映画はまだまだたくさんあるので、ぜひ観てみて下さい。

    女優では、(初期の作品では)山田五十鈴の芸、(それ以降の作品では)高峰秀子の細やかな演技が特に光っているように思います。「乱れる」のラストシーンのあの表情。ほんとうにすごいですよね。

  4. inokashira より:

    ぽめたんさん、コメントありがとうございます!

    「浮雲」に関しては結構悩んでますが、形にはしたい。その時は見当違いかもしないけど、しかし今出来る言葉で形に残しておくことも(恥はかくけど)必要かな?と思ってるので。

    まだまだ見たい作品が多いですが、中でも「流れる」、「女が階段を上がる時」が気になってます。情報は特になく、タイトルだけの先入観ですけど。

    オススメありがとうございます!しかし、本当に女の人は男の人とは全然違う生き物だなぁ、です。違ってていいし、個体差も大きいんでしょうけれど、それもあるけど、性差以上の差を、男女間に流れる川は深い、というアレを感じます。それでいいのだ、とも思えないし、そういうものだ、という達観も今のところ無くて、どうしてなんだろう?が先に来てしまいます(笑)

    ゆっくり見ていくつもりです。また見たら感想にしたいと思います。

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