春日 武彦著 幻冬舎
精神科医である春日先生の小説、です。以前にも書かれていますが(前の著作「緘黙」の感想はこちら )、前作よりももっとポップな仕上がりになっています。とても読みやすくて笑える(ただし、ブラック)作品でした。
語り手である私、灰田 砂彦は自分が記憶喪失になっている状態から物語が始まります。携帯や免許証を持っているにもかかわらず、直観に従って、それらを放棄。ふとしたきっかけで、他人の脈に触れる事で、その人の深い欲望が分かるという超能力を手に入れている事を知ります。そして、あてどなく漂っていると中野にたどり着き、とても胡散臭い男、白旗 慎之助という精神科医と知り合うのですが・・・というのが冒頭です。
一見、荒唐無稽な小説に見えますし、完結しているわけでもないので評価は分かれる作品かもしれませんが、精神科医の書いた小説、それも春日先生の、という意味で非常に面白かったです。
心の奥深い欲望を知る、という事がどういうことなのか?また精神科医にとって誠に都合のよい能力があることが、実はどういうことなのか?を考えさせられます。人の思考の中を見ることは出来ませんし、まして本人の独白であったとしても、腹の中すべてをさらけ出しているわけでもなく、しかも自らが認識出来ていない場合もあるでしょう。しかし、それを他者が分かるということが(もしかすると春日先生が、こういう能力を望んでいるのかも・・・)とてもグロテスクで軽薄な行為であるのか?を考えさせられます。小説として、もちろん面白おかしく読めますけれどね。
中野ブロードウェイ、という一種の魔都のミニチュアのような舞台で魅せる、変わった人物たちの変わった欲望、そして灰田と白旗の掛け合い、月村 蟹彦なる得体のしれない人物との対決を見せる作品です。
うしろめたい欲望が脳裏をかすめたことのある方、春日先生の著作を読んだことがある方にオススメ致します。
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