カズオ・イシグロ著 土屋 政雄訳 早川書房
かなり好きな作家だけど寡作なので、とても久しぶりに読みました。前作「わたしを離さないで」は別格で好きな作品ですが、「遠い山なみの光」とか「日の名残り」も好きな作品です。そんなイシグロさんですが、毎回作風を変えてくるので今作もどうなっているのか?と思いきや、今回はファンタジーになっています、びっくり。前作「わたしを離さないで」はSFモノだっただけに、よりびっくりです。
(恐らく)中世のイギリス。アーサー王が亡くなった直後くらいの時期。貧しい村で暮らすアクセルとベアトリス夫婦は老年に差し掛かっています。この世界には「鬼」が存在し、常に霧が立ち込め、その霧のせいで人々は常に記憶を忘却しやすくなっています。2人は自分たちに息子が居た事を思い出し・・・というのが冒頭です。
読んでいただくのが最も良いですし、何も事前情報は入れない方が楽しめる、とても自由度の高い小説だと感じました。恐らく、何度か読み返すとは思いますが、直ぐにではなく、心の片隅にずっと残り続けるかのような小説でした。
とても、とてもファンタジー色の強い作品でありながら、不穏な空気に左右されていますし、何かしらの暗喩なんであろう、というキャラクターも多く、そのどれもが、はっきりとしない曖昧模糊な存在で、ストーリィ上は確かにある種の結末を迎えていますし、カタストロフィも存在するんですが、それよりももっと奥深い謎、示唆、掲示に富んだ作品だと感じました。多分読んだ人の数だけ解釈が分かれる作品です。最近はあまり本を読んでいなかったので新鮮な体験になりました。
個人的にずっと考えてるのが船頭の暗喩。船頭の英語が知りたいですし、このキャラクターの設定(数人登場します)は恐らく何かの比喩なんでしょうけれど、それがとても曖昧で、読んだ人それぞれの解釈があり得て面白いです。
こういう風にも考えられるし、恐らくこんな比喩が込められているとか、きっと作者はこの世界のアレに対する反対意見を述べたかったに違いないとか、本当に様々なように読める作品です。
ですので、決まった結末や単純なストーリィテリングの面白さは案外低いですし、「わたしを離さないで」のような衝撃を求めているのだとすると肩すかしを感じるかも知れませんが、間違いなく考えさせられる作品ですし、何度も読みたいと思わせる作品。
また、アーサー王伝説はいろいろ話しがありますけれど、もっと詳しく知りたくなるように感じさせる部分もあって、もう少し調べてみようかと思ってます。特にガウェイン卿、ランスロット、については詳しく知りたくなりますね。
とても解釈の開かれた、しかしそれでいてどことなく悪夢的な作品でありながらメインテーマは多分『愛』なんで、そういったものが気になる方にオススメ致します。
コメントを残す