今週月曜日の会議の後に、先輩の先生からDVDをお借りしました。とても尊敬出来る先輩の先生でして、ツイン・ピークスについて話しが出来る唯一の歯医者さんの先輩です。映画にもとても詳しいですし、音楽も演奏されて、人柄も素晴らしい先輩からお借りしたので、早く見なければ、と思ったのですが、今は年度末の3月、講習会やら総会準備の資料やら、委員会の議事録に、ある事業のフォーマット作り、会計報告資料の読み込み等々いろいろあって、最初の40分ほど見て就寝したのですが、まぁその後にある事件があって、私も先輩もとてもびっくりしました。でも、見たので感想にまとめたくなり、いつも通りに、まとめてみました。
新潮45が原作のノンフィクション(注・個人的な経験則ですが、『新潮45』はもともと そういう 雑誌ですよね)を基にしたフィクションの映画です。 ある死刑囚(ピエール瀧)が記者(山田孝之)に向かって『私だけが知っている未解決事件があります、どうか記事にしてください』と接見を求めてきます。記者は徐々にその死刑囚の話しに翻弄され・・・というのが冒頭です。
この事件を私はそれほど詳しく知っているわけではありませんが、かなり恐ろしい事件です。 ですが、エンターテイメントな映画作品になっている事は間違いないです。白石監督はこの作品で初めて見ましたけれど、上手い監督だな、と思います。また、リリー・フランキーさんの演技が物凄く作品の質を上げていて、頭脳労働犯のイメージを上手く具体化してくれてます。あるシーンのセリフ「これ危ないよ、これ危ないよ~」という時の演技での左手の動きが物凄く印象に残ります。もちろんピエール瀧さんの凄み、怖さと同居しているおかしみとかなしみを同時に感じさせてくれます。そんな俳優さんはなかなかいないです。
そこに記者の山田さんが絡んでくるのですが、基本接見する場面がほとんどです。が、この記者も、泥沼のように、この事件によって人生が変わっていってしまう人として描かれています。
原作未読なんですけど、そもそも新潮45って、すごく昭和なオジサンの自意識をくすぐるように出来上がっている雑誌ルポタージュが多いのが特徴だと思います。東電OL殺人事件の時もノンフィクションライターの佐野さんがルポタージュをしてますけれど、犯人を追いかけ事件を解明していくのではなく、どんどん深みに嵌っていって冤罪事件として容疑者を救う話しになっていますし、愛犬家殺人事件の場合は共犯者のインタビュー起こしをゴーストライターにハードボイルド風に脚色させて、出版。その後ゴーストライターが別名義で再出版(最初の出版作を絶版にしてます)など、例を挙げればきりがないくらいに、こういった作品を数多く出していて、そもそもノンフィクションももちろん嘘や演出をしますけれど、それがかなりあからさまなので有名なんですね。
そこの部分が個人的には乗れませんでした。記者の話しはばっさりカットしても作品として成立させられると思います。が、必要な事でもあったと思います。個人的には、記者の話しは少々クドイと感じました。社会正義を背にして取材という名を借りた暴力描写もありましたし、デビッド・フィンチャー監督映画「ゾディアック」の記者とほぼ同じようになっていくわけで、その辺も新鮮味は薄かったですし、でも、観客の目を引き受けるのには良いかも知れません。ただ、かなり特殊な立場だと思いますけれど・・・
また、死刑囚に対して法廷で記者が参考人として発言する際の、信仰をもった死刑囚への記者の話しは、まさにイ・チャンドン監督作品「シークレット・サンシャイン」のメインテーマのひとつだと思いました。もう少しここは深められたかも、とも思いましたが、この作品は少し狙いが違うと感じています。
それは、この白石監督は、コーエン兄弟のようなクライム・サスペンス・コメディ映画にしたかったのでは?と感じています。確かに起こっている出来事は大変恐ろしい話しです。けれど映画作品なので、みんな演技しているわけで、大変不謹慎ですけれど、『不謹慎な笑い』をやろうとしているのではないか?と思いました。
オーバーに、過剰に、することで、笑う事になっていると思いました。 あくまで、映画、不謹慎な笑い、私はありだと思います。
少し変わった笑いを求めている方にオススメ致します。
ピエール瀧さん、依存から立ち直って、また俳優としての立場になれる事を期待しています。確かに罪を犯したけれど、間違った事をしたことが無い人はいないと思いますし、いくらなんでも過剰に扱いすぎだと思います。すごく日本の嫌な部分だと感じます。
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