濱口竜介監督 C&Iエンタテインメント
なんか、凄い映画を観た、気にさせる映画です。それだけでも凄い。まだ完全に咀嚼出来ていません、多分何回か見ないと理解が届かない映画です。
恐らく、何が起こっているのか?を受け取りに行ける人が最も今作を楽しめる映画です。そして、出来たら演劇が好きな方は観た方が良い映画です。少しだけネタバレに繋がりかねないのですが、どうしても未見の方に言っておきたいのはチェーホフの「ワーニャ伯父さん」を読まれて、演劇で観ている人に向いた作品。私の解釈はあくまで「ワーニャ伯父さん」を読んでも観てもいない人間の感想です。どちらかと言えば、原作に村上春樹さんの名前がありますが、より重要なのはチェーホフなんじゃないでしょうか・・・原作は短い短編という事だったので読んで臨みました。
演出家である家福(西島秀俊)は妻(霧島れいか)と暮らしていますが、海外の演劇関係者の集まりに出席するために成田へ車で向かいます。しかし悪天候でフライトがキャンセルされて・・・というのが冒頭です。
基本的にネタバレ無しの感想にしたいのですが、どうしても少し触ってしまいます。なので、未見の方でこれからこの映画を観に行こうと思ている人には、もうここまでで十分だと思います。出来れば原作の短編集よりも、チェーホフの「ワーニャ伯父さん」を読んで劇場に向かうべきですし、原作・村上春樹、という作家の色が強すぎるのはミスリード、とは言わないまでも、結構違うじゃないか、と思いました。村上春樹の原作は入れ物であり、本質は「ワーニャ伯父さん」の方が強い印象があります。
これは演劇映画と言ってもイイ構造になっています。物凄く入れ子構造が巧みです。役者である西島秀俊さんが演じている映画の中の役である家福は演出家で、映画内の舞台である「ワーニャ伯父さん」や「ゴドーを待ちながら」を演じる役者でもあります。さらに、家福は車の中で演劇のセリフを練習する為に、自分が演じているワーニャのセリフの部分が無音になっていて、それ以外を妻が喋るカセットテープを聞いている、という複雑な入れ子構造にあり、しかも、この映画の中の舞台で演出される方法は、おそらく、映画の監督である濱口さんが好んで演出する方法を採っていると感じました。
今、何が起こっているのか?という非常にスリリングな能動的に映画なり演劇なりを観に行くのが好きな人にはタマラナイ映画体験になると思います。体感としては普通の長さに感じましたが、かなりの長尺で179分あります、3時間の超大作じゃないですか、と後から気付きました。
とても村上春樹作品っぽい主人公でもありながら、演出家なので、しかもその方法がこの監督の手法を用いているので、凄く村上春樹長編主人公(=読者それぞれが私がこの男なのだ、と思い込める隙間がある)≒役者・西島秀俊≒今作・監督濱口竜介、という演者や監督の入れ子構造にもなっていて、複雑に読み取れる要素がありつつ、しかし、とてもまっすぐな、割合ストレートな映画でもあるように感じました。ここで私の感想から抜け落ちているのが、チェーホフ「ワーニャ伯父さん」です。
この「ワーニャ伯父さん」をどう解釈するのか?で作品評価がかなり変わると感じました。こういう時に古典作品を読んでいるか?いないか?が人間の深みを読み取れるかどうか?にかかってくると思います。そして私は読み取れない側の人間なんだなぁ、と当たり前の事をまた映画から突き付けられました。特に男性は、深みとか渋み、とかを良い意味で捕えてもらいやすい文化で育っているので、その中では味がある、という方向に魅力を伸ばせると思うのですが、残念ながら、もう50を過ぎているにも拘らず、全然浅い人間なので、悲しいかぎりです・・・
非常に今作で重要な位置を占める、車(すみません、車にも詳しくないので、この車の性格のような立ち位置があると思うのですが、分からないです、スポーツカーでは無いと思うのですが・・・)の中でのカセットテープから不在の妻の声で流れる「ワーニャ伯父さん」のセリフの言葉が、まるでその時のその場に居る人物の心理描写をしているように聞こえるのです。確実、とは言えないのですが、私はそう感じました。
演者の中では、まず主演の西島秀俊さんの、何と言いますか村上春樹小説の主人公っぽさが、合っていると思いますし、恐らく、この映画の中の演出方法を取られたであろう事が容易に想像できる間の取り方が、凄く印象的でした。主体性があるのであろうけれど、かなり隠れている感じが、とても合っていると思いました。それは一瞬優しさに映るでしょうけれど、責任回避と言う意味でのネガティブ面を含んでいますし、つまるところ、この責任の負い方に、この映画のテーマの一つが含まれているのも、監督の演出の緻密さと相まって相乗効果があると思います。
そして妻を演じた霧島れいかさんが、凄く良かったです。初めてみる人だな、と思ったら、なんとあの傑作「運命じゃない人」内田けんじ監督のヒロインを演じていた方だとは!!!ここ、凄く驚きました。凄い女優さんになっている!かなりの経験を重ねたのが分かります。声も凄く印象的で素晴らしかったですし、この作品の声は非常に重要で、特に中でも私はこの人の声が最も魅力的だと感じました。内田けんじ監督の「運命じゃない人」は本当に傑作なので、多くの人が見ればいいのに!といつも思います。
次いでヒロインと言っていい寡黙なドライバーを演じた三浦透子さんはかなり難しい役どころなんですが、良かったです。もっと個性的な方でもここは良かったのでは?とも思いましたが、これで良かった気にもなります。そして出身が北海道のカミジュウニタキムラという設定を聞いて、これは相当準備されたな、もしくはそれなりの期間村上春樹を読んでいた方なんだな、と思いました。まさかここでジュウニタキムラが出てくるとは。オマージュとして、様々な作品を持ち込んでいるのは分かりましたが、ここは良かったです。
重要人物で最も難しいのが高槻を演じた岡田将生さんです。
コントロールが効かない、繊細さと大胆さ、家福にはない魅力を醸し出す部分、とても良かったです。ですが、私は、演技の質という意味ではこの方だけが違いを、少しの上滑り感を感じました。そういう演出なのかもしれないんですけれど。ただ、車の中のあるシーンと、そして舞台の上での演技では無い瞬間の迫力はすさまじかったですね。
ここにもう1名、パク・ユリムさんという手話演者の重み、手話のいかに感情を乗せて『会話』として成立させているか?は新鮮な驚きがありました。まるで通訳が居れば何の問題も無いくらいに饒舌であり、感情を込める事が出来るのが、これはまるで他言語の意味の分からない部分を表情や動作であるマイムや表現のすべてを使っての豊かさで、本当に驚愕しました。素晴らしい演者だと思います。あと全然関係ないけれど顔が好みでした。
ただ、ワーニャ伯父さんが分からなかったので、ラスト、私は何処で切ってもイイ、ラストな感じがした上で、3つ、いや4つ5つくらいあるラストの中で、1番村上春樹っぽくないラストを選んだ脚本にも入っている監督の好み、を感じました。
ワーニャ伯父さんを読んだ事がある方に、そして演劇に興味のある方、映画の中の演劇が好きな方に、オススメ致します。
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