井の頭歯科

「理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性」を読みました

2011年4月12日 (火) 09:30

高橋 昌一郎著     講談社現代新書

本屋さんで見つけ何気なく手に取ったのですが、あっという間に引きずり込まれた、読みやすく分かりやすい人間の理性の限界を探る討論形式の読み物です。確かに小難しい話しを含んではいますけれど、非常に分かり易く説明してくれますし、知らなかったモノを知るトリビアルな楽しみに満ち、しかも討論(ディベート)形式で語られる為に話しが横道に逸れる楽しみも多少残しつつも、本筋から離れる事は無いです。討論形式、と言ってますが、個人的には戯曲のような感覚で読みました。

人は理性的、合理的判断を基に科学というモノサシを使って進歩や進化を遂げてきましたが、それでも生活の中にはまだまだ最善を尽くしたにも関わらず予期せぬ結果を生んでしまう事があります。人の理性的、合理的判断に限界はあるのか?果たして「選択の限界」や「科学の限界」や「知識の限界」といったものは存在するのか?存在するならばそれはどういった概念なのか?人はそれを知ることが出来るのか?またどう対処すべきなのか?という根源的かつ哲学的問いかけにまで広がる疑問を、様々な専門家が討論をしながら現代の科学、知識の到達点を理解させてくれます。

まず最初のテーマは「選択の限界」について、です。投票、という民主主義の根幹に関わる制度に、実はいかに投票方式(単純に1位を決めるにしても、全体の過半数を超えない場合はどうするのか?や点数を付けた投票方式【1位5点、2位4点、3位3点、4位2点、5位1点等の点数方式】を取るのか、など)が既に公平性を担保出来ていないことに無頓着過ぎるという指摘は、非常に面白かったです。そしてさらに推し進めて考えたのが「アロウの不可能性定理」です。この定理はかなり衝撃的でした。結論だけを書くといかなる投票方式も公平ではない、ということです。そしてそれを知った上での「しっぺ返し」や「囚人のジレンマ」や「チキンゲームは非合理的戦略が最も合理的」といった思考実験がまた面白いのです。

続いてのテーマは「科学の限界」について、です。アニミズムから天動説、そして地動説を唱えることの危険性、つまり宗教的解釈との整合性を科学が破ることについての言及、感情や信仰心を超えた科学の計算によってもたらされたハレー彗星への予言など、事例に基づいた話しを繋げることで非常に分かり易くなっています。そしていよいよ本題の「ラプラスの悪魔」、「光速度不変の原理を導く相対性理論」そしてミクロな世界の不確定性「ハイゼンベルクの不確定性原理」について話しがおよび、量子論を含む観念的な世界へ話しが進みます。これは以前に読んだ「なぜ、脳は神を創ったのか?」苫米地 英人著の私が良く分からなかった部分の話しでもあります。2重スリット実験の結果はかなり考えさせられますし、思考実験「シュレーディンガーの猫」もどうも納得し難い部分もあります。が、最後に来て恐ろしいまでに突き詰めた考え方ファイヤアーベントなる人物の「方法論的虚無主義者」の主張は凄いです。

そして最後のテーマが「知識の限界」について、です。ここでは論理的、言語的ゲームのような世界のパラドックスを例に挙げ、そしてそのゲームを数学の世界に呼応していくと、ゲーデルの不完全性定理を理解し易くなっています。もちろんそれでも私のような者には難しいですけれど。つまりシステム内における完全性を否定出来る、ということなのだと(非常にざっくりした感覚ですが)思いますが、これこそ、神(限定的な意味での、という注釈はつきますが)の存在を否定できうるという論理に繋がっています。そして、最後に「合理的愚か者」の話しで締めくくるのは上手いと思いました。

簡単に合理的判断の限界を嘆き、情緒に、礼節に、習慣に、あるいは日本で言う武士道なるものにゲタを預けることを考えさせた「国家の品格」なる本のことを思い出しましたが、ここまで突き詰めて考えた後の結果であるならば、もう少し受け入れられたかも知れませんが、品格という定義づけが難しいものに頼る前に、合理を突き詰めることの重要性をより強く認識いたしました。結局日本人であるというだけでアプリオリに他民族よりも優れている、という主張に感じられましたし、それこそレイシストの思想でありますし、武士道って既に忘れ去られていますし、そもそも武士よりも農民の比率の方が圧倒的に多いと思いますから。もちろん合理ではどうにもならない、またその合理的判断にも限界や不完全なものであることを理解し、さらには方法論的虚無主義というような考え方が存在することを理解したうえでの、しかしそれでも頼らざるを得ない、日常的生活の中における(光速で生活しているわけではない、また完全なシステムが存在しない ならばこその!)合理的、理性的判断の重要性を再確認することになった、というのが個人的感想です。

思考実験や知らないことを知る楽しみを理解出来る人にオススメ致します。

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