今回は漫画 岩明均先生著 「ヒストリエ」のネタバレがあります。とは言え、古代マケドニアの歴史なので、ネタバレと言えるのか?考えさせられますが、とりあえず12巻まで出ている漫画のネタバレがあります。その点注意してお読みください。
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連載が始まったのは2003年3月からとの事(wiki調べ)で、それって20年以上前の事なんですが、単行本では2024年6月に12巻が出ました。
著者である岩明先生がデビュー前から温めていた企画と聞いていますし、誰でも知ってはいるけれど、詳しく知っている人は少ない、あのアレキサンダー大王に関連する話しです。
あまりに面白くて、だからこそ、日本語で読めるアレキサンダー大王関連の書籍は結構読みましたし、ネットでも調べてみると、いろいろな事が分かります。中でも岩波のアッリアノス「アレクサンドロス東征記」は読みごたえも十分ですし、時系列もはっきりしますし、面白かったです。
でも調べれば調べるほど、アレキサンダー大王(というのは通称で、正確にはアレクサンドロスⅢ世)の父である、フィリッポスⅡ世の事が気になります。
確かに、アレクサンドロスⅢ世の勢力拡大、最大版図、そのエピソード、魅力的ですし、誰もが憧れる(後の世の英雄と呼ばれた、カルタゴのハンニバル・バルカ、ローマのユリウス・カエサル、フランスのナポレオン・ボナパルト、その他大勢)ヒーロー像としては並び称される人は皆無の人に見えます。まさに天才、神がかった能力に見えます。
でも、それはフィリッポスⅡ世が居たからこそ、なのだと気づくと、フィリッポスⅡ世の事が知りたくなります。全くの一地方の小国の王になるところから、アイディアや軍事、外交、内政、に革新を起こし、勢力を拡大、たった40年ほどで、ギリシア世界の統治者(コリントス同盟)になり、ペルシアと闘おうとした男。こちらの方が評価されてもイイと思うのです。
それなのに、フィリッポスⅡ世の資料や記述が少ないのです・・・アレクサンドロスⅢ世の記述と比べると、圧倒的に少ない。
アレクサンドロスⅢ世が天才で直観で人間味あふれる人物だとすれば、フィリッポスⅡ世はもっと合理的で論理的で目的的な秀才、という風に見えます。
そしてこの漫画は、そのフィリッポスⅡ世に仕え、岩明先生の言葉を使うのであれば、歴史を記録する者から、歴史に記録される側になった人物、カルディアのエウメネスを主人公にしています。
紀元前330年くらいの時代、残された資料にも食い違いがありますし、散逸した資料も多く、なんなら重要な作品であっても、すべてが現存している訳では無く、現存する多くの記録は、その後のローマの時代、つまり1世紀くらいの頃の資料が多く、つまり300年くらい後の人の手で(その当時には残っていた資料を基に)書かれているわけです。これは2024年の私が300年前の1700年代の江戸時代初期の事について書いたものが、西暦4000年くらいの人に読まれる、という事になります。
岩明先生のスケールの大きさ、その着眼点の鋭さ、画力の素晴らしさに心打たれます。
完結はしない、とも思いますし、でも、岩明先生のやりたいやり方で発表されるのをただただ、読者である私は待ちたいです。
ちなみに、紀元前343年にカルディアをフィリッポスⅡ世が攻め、同時にあの偉大な哲学者アリストテレスがスパイ容疑でアジアからヨーロッパに逃げ帰ったのと同時期に漫画はスタートし、エウメネスの幼少期に戻ってから、12巻で紀元前336年の大きな出来事を描いています・・・20年かけておよそ(回想に3巻分くらいありますけれど、それもパフラゴニアのノラの村、という事で、カッパドキアと近いと言えなくもないから、ディアドコイの最中に囲まれる、あのノラとの関連が無いとは断定出来ないから、寄り道ではなく伏線の可能性も・・・)7年が経過したわけです。
当然、記録する側から記録される側になる、には、記録している時の活躍、重要です。そして、記述は散逸してしまっていて不明だからこそ、東征記の中で、エウメネスとヘファイスティオンの諍いについても明かされて欲しいし、その後の活躍、ディアドコイ戦争の戦いを描くため、ペウケスタスも出している訳ですし、当然、アレクサンドロスⅢ世に心酔する、妄信するペウケスタスを描かないと面白味は半減してしまいます。
だから、ペウケスタス以外にも、クラテロスも、カッサンドラも、アッタロスも、アンティゴノスも、それこそ登場人物は山のようにいますし、どの人も重要と言えば重要です。この群像劇での東征記の様々な出来事があるから、ディアドコイの葛藤が描けるわけで、端折れないですよね・・・
アレクサンドロスⅢ世はエピソードの宝庫ですし、これまでに描かれたのは、ブケファラスの事、カイロネイアの戦い、ミエザでのアリストテレスによる学校教育、オッドアイ、くらいです。ここにこの漫画での、重要な解釈の一つであるヘファイスティオンの人格同居が描かれています。
12巻現在でおよそ20歳、紀元前336年、ここから32歳で没するまで12年あり、大雑把にエピソードを列記すると
ギリシャ世界の反乱と再統一、ディオゲネスとの邂逅(アレクサンドロスⅢ世で無かったらディオゲネスになりたかった)、東征開始、メムノンとの闘い(メムノンの焦土作戦が採用されていたら・・・)、ゴルディアスの結び目(ジャンプの主人公みたい)、グラニコスの戦い(クレイトスの活躍)、イッソスの戦い(ダレイオスⅢ世と妻子供とヘファイスティオン)、テュロス包囲戦(1キロ離れた孤島攻略の為に、陸地を伸ばして半島にする)、エジプト無血開城と神託(ファラオになった男)、ガウガメラの戦い(ペルシア滅亡とバビロン入城)、フィロータスとパルメニオン親子のアレ(史実として、どうだったのでしょう・・・)、バクトリア攻略(中央アジアへ、ロクサネとの結婚)、各地でアレクサンドリア都市建設、クレイトス事件(王の命を救った英雄を・・・)、インド遠征(ポロス王との闘い)、演説の失敗と東征断念(コイノスの演説は聴きたい)、インドの哲学者との邂逅、多分この辺でエウメネスとヘファイスティオンの諍いとアレクサンドロスⅢ世の仲裁、ヘファイスティオン急死、バビロン帰還、アレクサンドロスⅢ世病没(?)、で紀元前323年です。
バルシネ(メムノンの奥さん、というかメムノンのお兄さんメントルの元妻で、後のヘラクレスの母で、ヘラクレスの父はアレクサンドロスⅢ世)だって1巻から出てきていますし、メムノンも登場している訳で、焦土作戦の却下は描いて欲しいです。そしてアリストテレスと文通しているわけで、地球儀をこれだけ出している訳で、東征断念の際の演説は聴きたい。
この東征の中の後半で、記録していた人物が、記録される側になる出来事があり、さらに、アレクサンドロスⅢ世の死後、後継者争いであるディアドコイが始まります。
ペルディッカス派と見られたために、アンティパトロスから討伐の意味でクラテロス(この漫画では 王の左手 の2番目の候補者!)との闘い、ペルディッカスが裏切られて死亡、アンティゴノスとの対決、カッパドキアのノラで攻囲される、アンティパトロスの死亡と後継者ポリュペリコンとアンティパトロスの息子カッサンドラの諍い、ポリュペリコンとエウメネスの共闘、アンティゴノスとの闘い、死亡が紀元前316年ですから、アレクサンドロスⅢ世の死後さらに7年あるわけです。
オリュンピアスの、パウサニアスとの話しを考えると、当然、エウメネスとオリュンピアスの関係も、かなり重要になります。そして12巻で描かれた、エウリュディケの「将棋」の500手先を考えると、かなり重要な関係性があると思います。オリュンピアス、そしてフィリッポスⅡ世という夫婦の関係性と託された事を考えると、非常に難しい立場に立たされるエウメネスが今から気になります。
この漫画の中でアンティゴノスという人物はまだ出てきていませんが、アンティゴノス、という言葉は出てきています。もしこれが伏線なら・・・
今までのペースだと、仮にエウメネス死亡までの残り19年あるわけで、概算で54年くらいかかります・・・でも、それでも、岩明先生の好きなスピードで、好きなタイミングで書いていただきたい。読めるなら幸せです。ちょっと今ペウケスタスの気持ちが分かる気がする。
もし完結しなくたって、こんなに素晴らしい漫画はそうは無いですし、感謝こそすれ、ただアレクサンドロスⅢ世を想うペウケスタスの気持ちで、ただ推移を見守るだけです。岩明先生の健康を願うばかりです。
そして、連載開始当時、Wikipediaには、エウメネスもほぼ記載がなく、フィリッポスⅡ世についても詳しい記載は無かったのですが、古代マケドニアの事が非常に細かく記載され、充実した事をもってしても、この漫画がいかに偉大な漫画なのかが、当時からいろいろ調べてた身としては、証明できると思います。ただ、Wikipediaもネットも、更新された場合の、過去の状況が全く分からなくなってしまう事が残念です。この感覚は20年ほど前から調べている人にしか分からないと思います。
手塚治虫先生の「グリンゴ」だって未完でしたし、みなもと太郎先生の「風雲児たち」だって未完でした。
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