ゲルシー・カークランド、グレッグ・ロレンス著 ケイコ・キーン訳
大変有名な男性ダンサー、ミハイル・バリシニコフ(日本で言えば熊川さんですね、熊川さんとバリシニコフの踊りは似ていると思います)という天才がロシアからアメリカに亡命してパートナーを組んだのがこの本の著者であるゲルシー・カークランドです。もちろん彼女も偉大なダンサーなんでしょうけれど、バリシニコフ、という天才と比べられ、しかもそのパートナーを勤め、その圧倒的才能と近くで接することがどれほどキツイ現実か?ということを分からせてくれます。もちろん暴露的な自伝という意味に於いても出版当時はかなりセンセーショナルな出来事だったと思います。
有名な振付家であるジョージ・バランシン(彼もロシアからの亡命者)に師事してNYCB(ニューヨークシティバレエ)に在籍して若くして才能溢れるダンサーだったのですが、バランシンの目指す幻想的で物語性の薄い抽象的な演目を演じることに違和感を覚えてNYCBを去り、ABT(アメリカンバレエシアター)に所属するようになります。カークランドが目指したかったのは古典的なロマンティックバレエであって、この自伝の中にも物語やキャラクターの解釈が挿入されているのですが、そのどれもがなるほど、と思わせる解釈でなかなか面白かったです。そのクラッシックなものを踊るにあたって亡命してきたバリシニコフとパートナーを組むことになるのですが・・・というのが冒頭です。
私は別にバレエに詳しいわけではないので、細かな部分に分からない場所も多かったのですが、天才バリシニコフのパートナーになりたくてなったのに、その天才ゆえの様々なものに押しつぶされ、比較というか同じ芸術家としての土俵で勝負することの葛藤が見受けられ、非常に面白かったです。かなりエキセントリックな人のように文章からも感じられますし、話の整合性や、かなり悪露的な部分も多く、信憑性に疑問を抱かざるを得ないのですが、それでも、いやだからこそカークランドにとっての真実、という説得力はあって(ただし!もしこのような人物と仕事をする、という状況に私が置かれるのならば、かなり嫌な仕事環境になるであろう、とは思います。この人自分の中の感情のコントロールもあまり上手くないですし、スポークスマン的な人にも恵まれなかったのだと思います)面白いです。
圧倒的才能との邂逅という状況に、あるいはバリシニコフに、芸術に興味がある方にオススメ致します。
自伝とはそういうものだとしても、他人のプライバシーの切って捨て方はかなり一方的で遠慮が無いです。バリシニコフに対しても恋愛的関係もあり、尊敬する部分を持ちながらも、傲慢さに軽蔑したり、比較されることでのダンスの解釈の違いもあって愛憎入り混じったなんとも言えない関係なのですが、その時々の感情が、その場の態度を決めているように見えます。この本に出てくる関係者はほぼすべての人が怒ったでしょうね。そして薬物の中毒になっていく様が赤裸々でその露悪的な部分が自分にも多少向いているところにも少し共感は持てましたし、面白かったです。そして、こんな風に完璧ではない(すべての)人間は間違いや転向を繰り返している存在なんだなぁ、という気持ちにさせられます。
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