想田 和弘監督 東風
映画「選挙」の原作を読んだ時から気になってはいたのですが、なかなか見る機会が無かった想田監督の作品です。想田監督自ら「これは観察映画です」とおっしゃっているいわゆるドキュメンタリー映画です。そのドキュメンタリーの中でもちょっと毛色の違った作品であると思います。ドキュメンタリーと言えども、その見せ方や音楽による高揚感等を使ってある一定方向への結論を作り上げることは難しくないし、そういったリテラシーは必要であると思いますが、想田監督はそれさえ受け付けないでほぼ加工なし、ナレーションや音楽なし、順序変更なし、しかもこれといったクライマックスなし、という映像作品なんですが、なかなか面白かったです。受け手にいろいろ託す勇気ある手法だと思います。
いわゆるドキュメンタリー映画監督として有名なフレデリック・ワイズマンの手法と似ていますし、意識しているという発言を目にして観に行く気持ちを後押しされました。
主な登場人物は岡山の想田監督の知り合いの柏木さん夫婦、そして柏木さん夫婦が関わっている91歳になる橋本さんです。柏木さん夫婦は福祉車両の運転をして高齢者や障害者の生活と関わりを持っています。夫の柏木さんはその運転を主に手伝っています。家に帰ると近所にいる野良猫に餌をあげるのが日課です。野良猫のコミュニティには泥棒猫が入り込んできて不穏な空気があります。また妻の柏木さんも支援を行っていて、その1人が91歳の橋本さん、とても穏やかな表情でスマートな紳士に見える1人暮らしの高齢者です。そんな橋本さんの楽しみはタバコ「Peace」を吸う事です。そんな橋本さんがある日、というのが主な入り口です。
野良猫の集団に餌をやる、という行為の問題はいろいろありますけれど、そういう問題は横に置いて野良猫もなかなかカワイイです。侵入猫に対しての距離の取り方や野良猫のコミュニティの崩れ方が徐々に変化していく様がリアルで示唆に富んでいました。
また、橋本さんのとても紳士的な態度、そして身の置き所に困惑している様も見事に映像に捕らえていたと思います。だからこそ急に橋本さんが語り出したのだと思います。
ワイズマンの映画のようなじわじわ来る高揚感(といっても私もまだ3作しか見たことが無いのですが・・・)を期待し過ぎた面もありましたが、想田監督作品もなかなか面白いです。どこにも行かない様々な感情が掬い取られていて、非常に奇妙で不思議な観賞後感に陥りました。様々なものにピントが合っているのに、全体のフレームもそれほど大きなものではないのに、その中に映し出されているものが非常に多彩で柔らかく纏められているのです。ワイズマンとの一番の違いは出演者が監督の近親者であるか、ないか、なのだと私は思いましたが、これが結構な違いだと思います。
ドキュメンタリーという手法に興味のある方にオススメ致します。
コメントを残す