絲山 秋子著 新潮社
結構読んでる絲山さんの新作です。相変わらずコストパフォーマンスが良い作品です。小説にコストパフォーマンスが求められているかどうかは不明ですが、さらりと読めるのに、ちゃんとびっくりしたりはっとさせられる表現があったりでいつもどおりさすがの内容と充実度です。
とある男が田舎である呉から東京に出てきて定職に就かないで生活している場面を本人が振り返りながら語りかける口調での1人称ものです。例によって絲山作品の主人公であるのでノーマルに見えて実は、という部分もあるのですが、その語り口の滑らかさも加わって一気に読めます。
タイトルにある「不愉快な本」が何を指すのか?というのが疑問なんですが、物語の最後に参考文献として載っている中から推察するとやはりカミュの「異邦人」ということになるのでしょう。ずいぶん昔に読んだきりですし、全く憶えてないんですがたしか殺人を問われて「太陽が眩しかったから」と言ったムルソーの、物語だったと思います。
その関連がどの程度なのかが分からないのですが、それでも充分楽しめる、読ませるチカラのある文章でした。特に面白かったのは、主人公乾とユミコが交わす会話の中に出てくる差別にかかわる性差の話しから共感の話しに流れていくことのリアルさは非常に上手いと思いましたし、納得してしまいました。
また、ファンタジーに関連する可能性を潰してゆく話しについても頷ける表現でした。この方の直接描写をしないけれどあるキャラクターの会話や考えの中で説明するやり方で、ただ文字にするだけよりも数倍説得力がある、という腑に落ち方は毎回びっくりさせられますし、上手いと思います。
そして結末がいつもの絲山作品よりひとひねりしていると個人的には思います。そのことで、よく言えばいつもの絲山作品の面白さであり、悪く言うとマンネリに感じやすいとも言われる部分を変える要素で個人的には良かったと思ってます。この作家さんの『隠されていたわけでもないけれど後から明かされることの驚きの新鮮さ』はこの方でしか読めないものではないか?と思います。誰しもがびっくりするような大どんでん返しや価値観の崩れのような大きなものではない、しかし、だとすると、ああ!みたいな小さな驚きが心地よいです。
カミュの「異邦人」が好きな方、絲山作品が好きな方にオススメ致します。
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